2009年8月


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学力テスト 本当に有効なのか総括を

 今後も毎年、こんな結果を見せつけられるのだろうか。文部科学省が4月に実施した全国学力テストのことだ。

 全国の小学6年と中学3年の全員が対象で、テストは算数・数学と国語の2教科である。今回で3回目を迎えた。

 結果はどうだったか。成績は秋田、福井など上位県に固定化傾向がある一方、都道府県間のばらつきは小さい▽知識の活用力に課題がある▽就学援助を受けている子どもが多い学校ほど正答率が低い−と文科省は言う。「朝食を取る」「読書が好き」など生活習慣や学習環境と学力には相関があるとも分析した。

 その通りであろうが、成績上位県の固定化傾向以外、過去2回と変わらないのだ。生活習慣などと学力との関連は、半ば当たり前のことでもある。

 だいたい、子どもたちの学力は上がったのか、下がったのか。この全員参加型の一斉テストでは、学力の経年比較ができないという欠陥がある。昨年は問題数が多く難問もあったが、今回は問題数を減らしたという。問題の量や難易度が毎回異なれば比較どころではない。

 文科省は「一人一人のきめ細かな指導に役立つ」とも力説するが、結果返却はテストから4カ月後だ。学校では夏休み明けから結果を分析することになる。小学、中学卒業までわずか半年ほど前に分かる成績を個々人の指導に生かすには、無理があると言わざるを得ない。

 学力テストは学力向上策の一環である。3回のテストに文科省は計200億円近い巨費を投じたが、本当に有効なのか。ここらで総括すべきだろう。

 家庭の所得格差が学力格差を生んでいるという調査がある。成績上位県は家庭環境が安定し、少人数教育が浸透していると指摘する専門家もいる。そうした要因を深く掘り下げて、学力対策を講じることこそ国本来の務めである。

 市町村別などの結果公表を迫る動きがあるが、ランクにばかり目を奪われていては真の学力向上はおぼつかない。

 衆院選では自民党は全員参加方式の継続を掲げた。民主党は実施を一部校に絞る抽出方式へ見直すという。学力向上に向け、学力テストはどうあるべきか。新政権で真剣な論議を望みたい。

西日本新聞 2009年8月30日

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職場環境を整えてよき教育を

 明後日から1学期後期が始まる(2学期制施行校)。前期には、教育関連の問題がマスコミをにぎわせた。「中学生大麻など薬物アンケート」結果、「指導・支援カルテ」の個人情報保護条例問題、懲戒処分者氏名公表の「二重基準」などがそう。これらの問題は金武県教育長就任以前からあったもので今年になって表出した。行政の継続の大変さがうかがえる。現教育長らしいカラーを出したいところだ。

■病気休暇教職員の増加
 08年12月の「勤務実態調査」(県教委)で教職員の時間外勤務の常態化が明らかになった。職種柄やむを得ないところもあるが、これが当然であってはいけない。
 調査は教職員の日常の多忙さを示している。教育以外のものに追われ、授業の準備不足や児童生徒との心の触れ合いが十分でないまま日々を送っている実態が浮かぶ。同じことが教職員間でも言えよう。それは病気休暇教職員の増加となって跳ね返っている。

 病気休暇(1カ月以上3カ月未満)を取得した者が653人に上る。前年度比7.2%の増だ。注目したいことは、精神性疾患による休暇が150人もいるということである。そのため職場復帰を支える「復帰支援プログラム」を開始しているほどだ。学校現場がこれではよき教育が施せない。

 県教委は、これまでに「定時退校日」「ノー部活デー」「報告書類の簡素化」「会議の精選」を打ち出している。これに加えて金武教育長は「働きやすい職場づくり検討委員会」の設置を各学校に呼びかけている。一刻も早い職場環境の改善が求められる。管理職はその努力を急ぎたい。

■求められる学校の自助努力
 教育は定時に始まり定時に終わるという業務内容ではない。臨機に対応しなけれならいことが往々にしてある。指導の効果を考えたとき翌日への振り替えや持ち越しも困難なことが多い。また、外部団体からの児童生徒作品依頼も多く、それに応えるための指導や期限等に追われるという現実がある。
 加えて、本来は家庭が担うべきことを学校が代替することもある。しつけや生徒指導がそうだ。それに、父母とのやりとりや確執が増え、その対応に時間を要している。

 そういう中で、学校が働きやすい職場になるには相当の自助努力が必要だ。以前とは違い学校や教員は父母や地域から尊敬されなくなってきている。尊敬の基底にあるものは信頼ととらえ、励む以外ないのではないか。それなくして学校が本来の精気を呼び戻すことは難しい。

■勧告にも似たリーダーシップを
 先に述べた「定時退校日」の設定や「会議の精選」は各学校が意識して努力しなければかなわない。そのためには計画的な週時程の設定、柔軟なプログラムの編成などが求められる。捻出(ねんしゅつ)された時間は教職員自らのものにし、拘束されない時間として児童生徒との触れ合いに充てたり、心身のリフレッシュに使いたい。そのことが日常の教育活動を清新なものにするということを知りたい。

 学校の自助努力に県教委も呼応しなければならない。呼びかけだけの各学校任せには限界がある。その一つは「ノー部活デー」。ときに、行き過ぎた競争主義が席巻しがちで、父母や地域からの期待も大きい。指導者も熱が入る。そのような状況は自然と子どもや顧問教員に負担を強いる。そこで、せめて週1日の「ノー部活デー」を設けたい。県、九州、全国大会と派遣をかけて各種団体の組織がしっかりしている中、学校だけでは無理がある。ここは統括する立場にある県教委が学校に「勧告」にも似た強いリーダーシップが求められよう。

八重山毎日新聞 2009年8月30日

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学力テスト 笑顔が減ってはいないか

 一部の教科で全国最下位を脱出したというのに、県内の教育現場からは達成感や一体感がいまひとつ伝わってこない。スポーツ競技や文化祭で触れる「感動のドラマ」があるわけでもなく、逆に疲弊感さえ漂う。
 文部科学省が小6と中3の全員を対象に4月に実施した3回目の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果が公表され、そんな印象を濃くした。

 教育現場に達成感が広がらないのはなぜか。要因として、現行の学力テストが教育の本旨をはき違えた形で推進されているということが考えられる。

 教育基本法は、第1条(教育の目的)で「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家・社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と定めている。

 現状はどうか。学力低下を憂う“教育族”らの指摘を背景に、全国学力テストが導入された。しかし、全国的な状況を把握し、課題を明らかにする目的は揺らぎ、過度な競争や学校間の序列化を事実上、容認する方向となっている。

 一部自治体では、市町村別や学校別の結果公表が半ば公然と行われているのが実態だ。沖縄を含め全国の教育現場は、いびつな形にいや応なしに組み込まれ、きゅうきゅうとしているように映る。

 これでは教基法にうたう「人格の完成」などかなうまい。教育委員会など一部の関係者が躍起になっても、現場の教師や児童生徒らには不満が根強い。

 学力テスト導入後、朝の読書やボランティア活動の機会が激減したとの報告もある。計算や漢字ドリルを楽しく競って互いに成長すればいいが、実際には教師からも、子どもからも笑顔を奪いつつある。

 数値評価の息苦しい授業で、楽しいはずの学びやが変質してきているように思えてならない。

 基礎学力を底上げすることに異存はない。基礎学力があってこそ「生きる力」も身に付くし、そのための抜本的な対策が求められる。

 ただ、現行の学力テストは底上げを装いながら「順位付け」が内実だ。格差社会へのスタートラインともいえるが、それでは困る。教育の本旨に立ち返り、授業やテストの在り方を根幹から見直してもらいたい。

琉球新報 2009年8月29日

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文科省天下り問題 事後チェックが重要

 文部科学省から天下った幹部職員OBの3分の1超が私学(学校法人)に再就職していた実態が28日、判明した。旧文部省生え抜きに限れば4割を超える事実のもとでは、「癒着」と指摘されても仕方がない。

 昨年12月に改正国家公務員法が施行されるまでは、国家公務員が退職前5年間の仕事と関係ある営利企業(私企業)に、退職後2年以内に天下る場合は人事院の承認が必要だった。ただ学校法人は「営利企業ではない」との建前から制限は設けられていなかった。

 しかし、少子化で18歳人口の減少に歯止めがかからない中、私学は私企業同様、市場原理にさらされている。国は、大学の学部・学科の設置規制を緩和し、平成15年度には一部を許可制から届け出制に改めた。その結果、学生の獲得競争は激化し、定員割れの私大が続出。ハイリスクな金融商品で資産運用に失敗する私大も多く、メーンバンクの後押しで有力大学によるM&A(合併・買収)の動きも活発化するなど淘汰(とうた)が進む。

 そもそも天下りが問題視されたのは、私企業だけでなく、財団法人などの外郭団体が隠れみのになっている実態を受けたものだ。私学は経営面では私企業的側面をもち、補助金を受ける外郭団体的側面ももつ。教育機関という微妙な立場をたてに、規制のグレーゾーンとなってきたが、むしろ、最も規制の対象となるべき存在といえるだろう。

 改正国家公務員法は在職中、利害関係のある法人への求職活動を禁じた。営利企業だけでなく、学校法人などにも対象を広げ、規制は事前承認から事後チェックとなった。だが禁止されたのは求職活動だけで、役所の看板を背負った再就職そのものではない。

 総選挙の結果次第で天下り規制は一層強化される可能性がある。しかし、苦しい経営から国とのパイプを求める私学と、再雇用先を確保したい文科省との利害は一致したままだ。「天下り後」のチェック態勢の強化が一層、求められる。(調査報道班)

産経新聞 2009年8月29日

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文科省天下り 3分の1が私学に再就職

 文部科学省から過去5年間に天下った幹部職員OB162人のうち、3分の1を超える57人が私学(学校法人)に再就職していたことが28日、産経新聞の調べで分かった。旧科学技術庁出身者らを除いた旧文部省の生え抜きに限ると、4割を超える高率だった。この調査結果に、識者らからは「旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの」と批判の声もあがっている。与野党各党は総選挙のマニフェスト(政権公約)に天下り規制を盛り込んでおり、文科省は天下りへの新たな対応を迫られそうだ。

 調査結果によると、平成15年9月〜20年12月に、文科省から天下った本省課長・企画官級以上の幹部職員は計162人。うち57人(約35%)が51の学校法人に天下り、東京聖徳学園、佐藤栄学園、藍野学院、玉川学園、聖心女子学院、日本体育会の6法人では、各2人を受け入れていた。肩書は事務方トップの事務局長が21人で最も多かった。

 51法人の中で48法人が大学(短大も含む)、2法人は高校、1法人は専門学校を主に経営する。13年の中央省庁再編で、旧文部省と合併した旧科技庁の出身者らを除いて旧文部省の生え抜きに限定すると、天下り総数は111人で、うち46人(約41%)が学校法人。旧文部省の生え抜き以外で私学に再就職した11人は、外部から教育分野の専門職に転身した学識経験者らで、旧科技庁入庁組は皆無だった。

 文科省は、各種の補助金で学校法人の経営健全化や設備充実をはかる私学助成を行っており、予算規模は年間4500億円前後にのぼる。私大設立や学部・学科新設の許認可権ももつ。少子化で私学は経営が難しくなっており、特に私大は学生集めのため、情報システムや住環境デザインなど既存の大学とは異なる目新しいテーマの学部・学科の新設に躍起になっている。

 省庁再編前には国会で取り上げられたこともある旧文部省の私学天下りルートが、再編後も事実上温存されていた実態が明らかになり、天下り問題に詳しい国際基督教大の西尾隆教授(行政学)は「再就職の是非はケースごとに判断すべきだが、この数字は大いに問題がある。旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの。営利企業ではないと言っても、私学も補助金獲得をめぐり競争しており、経営難もあってお金絡みの意識が働く可能性がある。許認可権限をもつ相手先に行くのは、庶民感覚からみておかしい」と指摘。一方、文科省人事課は「もともと法律に制限がなく、問題はない」としている。(調査報道班)

 ■学校法人 私学(私立学校)の設置を目的として設立された法人。放送大学を運営する放送大学学園は特殊法人改革の一環で、平成15年に特殊法人から「特別な学校法人」に移行したため、放送大学も私学となっている。学校教育法は、国と自治体と学校法人だけが学校を設置できると規定しているが、同年に成立した改正構造改革特別区域法によって、株式会社とNPO法人(特定非営利活動法人)も構造改革特区(教育特区)に限り、特例として私学の設置が認められた。国内の大学の4分の3以上は、私大が占めている。

産経新聞 2009年8月29日

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全国学力テスト 教職員の授業力向上を

 全国学力テストの結果が公表され、沖縄は3年連続最下位だった。今回を含めて課題は明らかになり、全国一斉テストの役目は終えたといえる。学力向上に必要な基礎づくりに移行する段階にある。

 経済協力開発機構(OECD)が実施する国際的な学習到達度調査で、成績が不振だった日本の学力問題がクローズアップされた。学力の底上げを狙い2007年から学テが実施されている。

 国際基準に合わせるように、従来行われてきた「知識」を問うテストに加え、「思考力・判断力」を試す問題も出題されている。唯一無二の答えを解答用紙に書く知識偏重の学力観を大きく変えた。その意味で学テがもたらした効果は評価したい。

 もちろん賛否ある。学テは毎回ほぼ同傾向の結果を得ており、毎年60億〜70億円を使うのは税金の無駄遣いとの批判がある。民主党は政権交代後に全国一斉でない「抽出方式」へ転換する方針だ。自民は継続を主張している。

 抽出方式でも傾向は把握できる。毎年行う必要はない。
 学テについて多くが指摘する懸念は学校が序列化されるという恐れだ。文部科学省の行政資料は当然、情報公開の対象になるため、成績の公開・非公開をめぐる論議が各地で起きている。

 現状のまま学テを実施して学校の序列化を生めば、教育現場はその対策に翻弄(ほんろう)されてしまう。結果を全面公開している英国では成績優秀な学校区に親が殺到するという社会現象を誘発している。地域社会が崩壊してしまう。

 地域の中の学校教育をこれからも守っていきたい。学校と親の信頼は子の成長を確認し合うことで築かれる。それは一義的には教師がいかに多くの発見と感動を子に与え、好奇心と集中力を高める手助けをしているかではないか。

 沖縄では約20年前から学力向上対策を推進し、全県的な達成度テストを続けている。それでも3年連続最下位という結果を教育行政がどう受け止めるかが問われる。

 学校運営が弱いためか、教師に力量がないのか、全国最低の所得水準に起因するのか。犯人捜しはきりがない。

 学テ連続上位の秋田県教育庁は「多忙化防止検討会」を設置し、事務の効率化を図っている。文科省などから依頼される調査・報告、会議の資料づくりに追われると、教師の本務である授業づくりに支障をきたす、という悪循環を断ち切るためだ。

 教師の質向上を図る手だてとして参考にしてほしい。

 日本の教育費(GDP比)は昨年、OECD加盟国の中で最下位だった。政府支出に占める予算割合は9・5%でOECD平均13・2%を大きく下回った。

 これでは教育効果が高いとされる少人数学級の実現はおぼつかない。沖縄では臨時採用教員の多さが指摘されており、学力対策の上でも早期の是正が必要だ。

 教員の授業力を高め、子ども一人一人に向き合える環境づくりが教育行政の課題だ。学テの結果に振り回されると子どもを見失う。

沖縄タイムス 2009年8月28日

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学力テスト やるべきこと別にある

 文部科学省が、4月に実施した全国学力・学習状況調査(学力テスト)の結果を発表した。

 全国の小学6年と中学3年の全児童・生徒を対象に2007年から始まった学力テストは、今回で3回目となる。

 文科省の分析によると、過去2回と同様、都道府県別の平均正答率に大きなばらつきがなかった。

 学習状況調査では、《1》授業でノートを丁寧に書く《2》読書を好む《3》携帯電話の使い方について家族との約束を守っている−といった学習・生活習慣がある児童・生徒は、正答率が高い傾向にあることが確認できた。

 当たり前ともいえる内容だ。目新しい結果が得られているとは思えない。

 学力テスト実施には、本年度も約58億円かかった。初年度から合算すると約190億円に上る。

 多額な予算を使って続ける価値があるのだろうか。専門家からは、学力の把握・分析は抽出調査で十分との指摘もある。

 子供たちの学習意欲を高めるための教育環境整備など、やるべきことは、ほかにあるのではないか。

 国公立校は、ほぼ全校がテストに参加しているが、私立校の参加は年を追って減り続け、今回は小中学校とも5割を切った。

 私立側は学力向上効果を冷静に見極め、参加に意義を見いだしていないことがうかがえる。

 1960年代に競争過熱で廃止となった旧学力テストの反省から、文科省は市町村別や学校別の結果を公表しないよう求めている。

 しかし、情報公開や競争促進の観点から結果公表を迫る一部の知事との間で毎年、混乱が続いていた。

 全国の学校別の成績を比較できるデータを集めながら、競争をあおらないために公表を控える。アクセルとブレーキを同時に踏むような制度設計に無理があったといえよう。

 経済の悪化は、教育現場を直撃している。親の失業や減収で進学をあきらめる子供も増えている。収入格差が教育格差をもたらし、さらなる格差拡大につながる。

 負の連鎖は断ち切らなければならない。総選挙で各党とも家計の教育費負担を軽減する施策を打ち出しているのは、そのためだろう。

 学力テストの費用は、もっと有効な教育支援に振り向けるべきだ。

 日本の教育投資は国際的に見て、高いレベルにあるとはいえない。

 教育に対する財政支出は国内総生産(GDP)比3・4%で、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均5%を下回っている。

 未来を担う人材を育てるために、教育施策の充実は欠かせない。

北海道新聞 2009年8月28日

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09総選挙・人づくり―明日へ大胆な投資を

 経済力の基盤は「人」だ。戦後日本の成長を支えたのも、勤勉で質の高い人材だった。

 学校を卒業し就職する。職場で仕事を一から教わり、一つの会社で正社員として定年まで働くのが当然だった。

 いまの若者に、そんな人生モデルはまねしたくてもできるはずもない。大卒で就職しても4割が3年以内に辞める。高卒だと5割にのぼる。大卒者の1割は、就職も進学もしない無業者となる。昨今の冷厳な現実だ。

 企業は社内で若者を育てる余裕を失ってしまった。経済のグローバル化で、求められる能力も多様化している。日本が生き残るためには、次代を支え、切り開く人材を社会全体で育てあげねばならない時代になった。そのためには教育システムの根本的な見直しが必要だ。

 欧米先進国は新興の国々の激しい追い上げも受け、教育に思い切った予算を割いている。経済協力開発機構(OECD)平均の教育予算は国内総生産(GDP)比で5%。日本の予算は3.4%に過ぎない。

 欧米諸国の多くでは高校の授業料は無償で、大学生や大学院生には給付金付きの奨学金制度がある。

 なかでもOECDによる生徒の学習到達度調査(PISA)で好成績をおさめるフィンランドは、教育制度の大改革を進め、初等教育から大学までほとんど無償で高いレベルの教育が受けられる。子どもたちの学力格差が小さいことでも知られる。

 日本では、親の収入によって子どもの学力や進学先に差が広がっていることが指摘されている。格差が固定することは社会の活力を大きく損なう。

 豊かでない家庭の子どもも十分な教育を受けられるようにするためには、まず公教育の質を引き上げなければならない。きめ細かな指導をするには少人数学級が必要で、教師の数も能力の向上も求められる。

 国情や教育システムには国によって違いがあるとはいえ、教育予算のGDP比をせめて先進国の平均的水準に高めたい。福祉の財政需要も膨らむ一方だが、将来のための大胆な投資を惜しまない決意が政治には要る。

 人づくりに必要なのは資金だけではない。教育現場の意識も変わらねばならない。内向き志向を改め、世界に挑戦する若者を育てることだ。

 日本がアジアとともに生きていく経済圏を築くためには、大学の国際化を思い切って進め、受け入れる留学生も増やさねばならない。

 多くの先進諸国では、一度社会に出てからまた大学や大学院に戻り、身につけた知識や技能、資格を武器にしてキャリアアップすることが可能だ。日本でもそうした流動性、柔軟性を社会が備えることが必要だ。

朝日新聞 2009年8月28日

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学力テスト もっと有効な手だてを

 「携帯電話の使い方で家の人との約束を守っている子供の方が正答率が高い傾向が見られる」

 全国学力テストの結果分析で、文部科学省はこのように成績と生活の相関を示す。「読書が好き」「宿題をする」「朝食を毎日食べる」「家の人に学校の出来事を話している」……。これらは「正答率が高い傾向が見られる」子供たちという。

 大切だが、改まって全国調査をやり初めて知るような事柄ではない。

 今年が3回目の学力テストはこれまでと同様、全国の小学6年生、中学3年生全員を対象に、国語、算数・数学の2教科で4月に一斉実施された。それぞれ知識の「A」と活用の「B」に分かれる。今回も成績は過去2回と大きな変化はなく「知識はあるが活用の方は苦手」という平均像がまた描かれた。

 そして冒頭に例示したように、質問用紙で普段の勉強ぶりや生活のアンケートをし、成績と照合した。

 肝心なのは、では子供をどう読書好きになるよう導くか、家族とのコミュニケーションをどう促すかなど、具体策だ。文科省は調査結果に授業の工夫例も付けてはいるが、学校現場に必要なのは、より細かく多様で有効な処方せんである。

 そもそもこの学力テストは、国際学習到達度調査で読解力の成績が低下したことを契機に導入された。第1回で今回と同傾向の結果は出た。なのに毎回50億円以上もかけて全員参加方式の調査(悉皆(しっかい)調査)を続けるのは無駄と言わざるを得ない。昨年、自民党の「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」もこれを挙げた。

 学力実態掌握は抽出調査で足りる。悉皆だと順位を意識し準備学習する学校も出て、調査目的にそぐわなくなる可能性も生じる。文科省は「全国での位置が分かり、指導に生かせる」と言うが、膨大な答案処理で4カ月かかり、最終学年の2学期にこれをどう生かせよう。

 学力とともに緊急の教育課題は、格差などによる「機会不均等」だ。こうした問題こそ速やかな調査と対策が求められる。実際、最近文科省の委託調査で、親の年収差で学力テストの正答率に差異があることが裏づけられた。小学校100校、保護者5800人を抽出した結果だ。

 都道府県別順位にまた関心が集まりそうだ。ほとんどが平均正答率の+−5%以内で、ばらつきは小さいと文科省は説明する。市町村別などで正答率を公開し奮起させようとする地域もあるが、順位の上下だけに注目してもさほど意味はない。

 衆院選後、教育政策の中で、このテストのあり方や、着実で有効な学力向上策について抜本的に論議されることを期待したい。

毎日新聞 2009年8月28日

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09衆院選 政策を問う 教育の中身をめぐる論議が置き去りだ

 学力低下の不安や「いじめ」問題など教育をめぐる社会の関心は高いのに、衆院選では突っ込んだ論争が聞こえてこない。各党のマニフェスト(政権公約)も家計負担の軽減策に焦点が絞られ、教育そのものについての議論は置き去りのままだ。金銭面の支援策を考えるのも大切だが、教育を語るならその仕組みや中身の改革をもっと論じ合ってほしい。とりわけ公教育の立て直しは少子化対策にもつながる大きなテーマである。

 マニフェストをみると、自民党は「経済協力開発機構(OECD)諸国並み」の公的な教育費支出の確保を目指すとしたうえで、新しい学習指導要領の「確実な実施」や今年から始まった教員免許更新制の「着実な実施」を約束。全国学力テストの継続も掲げている。いくつもの施策が動き出したばかりだという事情はあるにせよ、これでは文部科学省の敷いた路線をそのまま踏襲した格好である。公教育再生に向けた迫力は感じられない。

 民主党は教員免許制度の抜本的見直しや教員養成課程の6年制への延長をうたう。公立小中学校は保護者や住民でつくる「学校理事会」が運営すると明記。さらに教育委員会制度を改め、教育行政を監視する「教育監査委員会」を設けるとした。改革への意欲はにじんでいるが、いずれもどんな効果が引き出せるかはあやふやである。教員養成課程の延長は文科省による硬直的な教員養成システムをさらに強化する可能性もあろう。「教育監査委員会」の具体的な役割もはっきりしない。

 戦後日本の教育は、全国一律のカリキュラムなどによって均質で底堅い学力を維持してきた。しかし一方で地域や現場から創意工夫を奪い、授業の画一化や過度の横並び意識をもたらしてもいる。教育委員会は十分に機能せず、上意下達の風潮や事なかれ主義がはびこっている。教育の未来像を考えるとき、こうした過度な統制を緩めて学校に魅力を回復するという視点も必要なはずだ。分権社会を目指すなら、教育についても国と地方の役割分担をもっと論じるべきではないか。

 民主党は独自の教育基本法案も準備し、そこにも「学校理事会」設置などを盛り込んでいるが、どんな権限を与えるのかは不明確だ。地域の教育の姿を大きく変える可能性もあるだけに、早急に具体案を示してほしい。場当たり的な改革では教育現場を混乱に陥れることになる。

日本経済新聞 2009年8月28日

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学力テスト『次』見えず 自民保守票意識し『継続』 民主方法など見直し明言

 衆院選終盤戦の二十七日に公表された全国学力テストの調査結果。毎年数十億円をかけた全員調査に批判の声が上がる中、本紙のアンケートで、自民は「現状維持」を掲げ、民主は「見直し」の立場を鮮明にした。政権交代が現実味を帯びる中、「やめろと言われても」と戸惑う文部科学省の担当者。来年のテストはどうなるのか。 

 「日教組などの活動力が強い地域は学力が低い相関関係が明らかになる」−。アンケートで調査継続を主張した自民は、理由の中でこう記述した。昨年九月、テストを考案した中山成彬・元文科相の「日教組の強い所は学力が低いのではと思った」との発言を踏まえたものだ。

 発言は物議を醸し、中山氏は就任間もなかった国土交通相を引責辞任。麻生太郎首相が「発言は甚だ不適切」と陳謝する騒ぎになったが、党として再び持ち出した。学力と日教組の組織率との関連を当時の同省事務次官は否定しているが、今回の回答で自民は、活動力の強さについて「組織率の高さではない」と断りを入れた。名指しされた日教組は「まだ言っているのか」とあきれ、保守票固めを狙ったものと見ている。

 日教組を支持団体に抱える民主党は、調査対象を一部の学校に絞る抽出調査への変更や、毎年実施の必要性を検討するなど、大幅な見直しを打ち出した。日教組の主張とほぼ同じだ。

 与党ながら公明は見直し派。学力向上策の成果の検証として調査は存続したいとしながら、実施頻度を減らして抽出に替える方針だ。社民、共産も、抽出調査に替え、浮いた予算を教員増などにあてたいとする。

 文科省はすでに、来年のテストについて「実施予定日は四月二十日(火曜日)」と告知している。だが政権交代となれば、見直しは避けられず、同省の官僚たちは「今は粛々と進めるしかない」と半ばあきらめ顔だ。担当者の一人は「抽出調査はデータに誤差が出る。実施しない地域には、テスト結果をもとに指導改善の提案をしても現実味がわかないのでは」と未練も見せた。

◆『役立った』中学生3割
 教員の65%がテストの中止を求め、「テストが役立った」と答えた中学生は35%どまり−。大学教員や弁護士らでつくる「教育改革市民フォーラム」の学力テストに関する調査で、こんな結果がまとまった。教員からは「税金の無駄」などテストに否定的な意見が目立ち、中学生は賛否が割れた。

 調査は今年三〜七月、アンケート方式で実施。小中学校の教員は、関東甲信越、東海、北陸の計五県の七百三十三人が回答した。「学力向上に役立たない」と答えた教員は63%。「好成績を取るよう教育委員会や校長から圧力を感じたか」の問いには、27%が「感じる」とした。

 自由記述の欄には「税金の無駄」「毎年行う価値を感じない」など批判が噴出。「教員を増やしたほうが学力向上につながる」「設備を充実させて」などの意見や、「政治家の勝手な思いで始まったのはおかしい」との指摘もあった。

 中学生への調査は北海道、関東甲信越、近畿の九校で行い、千三百二十六人が回答。「テスト結果をもとに授業で見直しをした」とする生徒は22%に過ぎなかった。自由記述では「小学校で習ったことをどのぐらい理解したか分かる」「これで学力が低いと言われるのは嫌」など賛否が割れた。

 調査した教育評論家の尾木直樹さんは「肯定派の子は他の設問を見ると、自己肯定感が強い。だから学力向上には対症療法策でなく、学ぶ喜びを引き出すことが必要だ」と指摘。「テストが教員の通信簿になっている。このままでは本来の目的からそれる。中止するべきだ」と話した。

東京新聞 2009年8月28日

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09年衆院選 物足りない「教育」政策

 「教育は重要課題」のはずだが、衆院選での各党の教育政策は家計負担の軽減案ばかりだ。教育格差の是正や学力向上といった問題は克服できるのか。国家百年の大計としての設計図が見えない。

 文部科学省の委託でお茶の水女子大学教授らが昨年度の全国学力テストについて、公立小学校六年生の成績を分析したところ「保護者の年収が高いほど、子供の学力が高い」傾向があったという。

 子供を塾や習い事に通わせるにはお金がかかる。日本では子供の学力は親の経済力が大きな支えとなっている。

 景気が悪化し、塾どころか、学校でかかる費用に悩んでいる家庭は少なくない。衆院選で各党が打ち出した教育政策は経済支援に重点を置いたものが並ぶ。

 自民が給付型奨学金創設や低所得者への授業料無償化、公明が保護者の所得に応じた授業料の段階的減免を主張する。民主や共産は公立高校の授業料無償化と私立高校通学者への支援を唱える。

 民主案は授業料相当額を保護者に支給するという。いったん家計に入るため、使途は保護者に委ねられ、実際に高校授業料として使われるかは不透明だ。「ばらまき」にならないか懸念が残る。

 格差是正になるかも疑問だ。裕福な家庭は支給されたものを塾費用などにあてることができ、格差拡大のおそれがあるからだ。

 経済的理由で進学をためらったり、中退を考えている生徒の支援を実現するのであれば、支給方式を再検討する余地がある。

 学費の無償化や支援は就学機会の維持や拡大になるが、学力向上に結び付くとは限らない。

 自公政権下の二〇〇七年春に復活した全国学力テストは当初目的に「学力向上」があった。だが、過度な競争を招くとの批判を浴びて「学習指導要領の定着度をみる」という目的にすり替わった。

 本年度の全国学力テスト結果が公表された。今年も五十億円以上費やされたが、過去二回のデータと似通った内容だった。

 このテストは現場が活用しにくく、学力向上に役立てるのは難しい。民主党は政権を取ったら大幅縮小するという。抽出方式で十分だ。

 学力向上にはどんな策を打てばいいのか。少人数教育や習熟度別授業も挙げられよう。それには教師の人員や質、教える内容が関係してくる。次の政権は質を高める処方せんをしっかり書いてから教育政策に取り組むべきだ。

中日新聞・東京新聞 2009年8月28日

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奨学金「ローン化」自賛する公明党 大卒の返済500万〜600万円にも

 公明党は「奨学金制度を大幅に拡充した」と宣伝しています。なかでも「歴史的な転換を実現した」ととくに自慢しているのが、「1999年度にスタートした有利子奨学金」(公明新聞4日付)です。しかし、有利子奨学金は大学4年間、月10万円を借りると返済総額は500万〜600万円にもなり、「まるで教育ローンだ」と厳しく批判されているものです。

 公明新聞は「99年度の予算編成に当たって、政府・自民党と粘り強く交渉」した結果、「有利子奨学金の大幅拡充や対象人員の増員などを勝ち取った」などと、公明党が有利子化に力を入れてきた経過を紹介しています。

 実際、99年度を境に日本の奨学金制度は大きく変わりました。有利子奨学金の貸与枠が拡大の一途をたどる一方、無利子の枠はむしろ減りました(グラフ)。無利子奨学金は、申し込んだ14万人中10万人以上が不採用(09年度)となるほどの狭き門になってしまいました。

 公明党は「希望者ほぼ全員が貸与を受けられる制度へと生まれ変わった」(同前)と手放しで自賛しますが、社会人生活のスタートで多額の借金を背負わされる若者の苦しみや不安が、同党には分からないようです。

 日本共産党は、諸外国では当たり前の返済不要の給付制奨学金制度の創設を、早くから一貫して主張してきました。今回の総選挙公約にも掲げ、実現を目指しています。自民・公明両党も「給付型奨学金」を言わざるを得なくなっています。

しんぶん赤旗 2009年8月26日

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不満噴出の教員免許更新制 「民主党がなくす」?でもマニフェストには…

 お金も時間もたいへんな負担なのに、それに見合う効果がない―今年4月から本格実施の教員免許更新制への不満が学校現場で噴出しています。そのためか、学校職場で「民主党が免許更新制をなくす」という宣伝が―。しかし、民主党の政策を調べると「なくす」という方針がありませんでした。民主党は今年3月まで、一貫して「更新制」維持の法案を提出(表参照)。当初の法案は更新講習を100時間にするという、現行の30時間よりも過度な負担を課すものでした。

 今年7月下旬発表の総選挙マニフェスト(政権公約)は教員免許制度全体を「抜本的に見直す」と言うものの、その内容は、教員の養成を6年制(修士)にするというだけで、更新制にはふれていません。

 それではなぜ、「民主党がなくす」という話がでてくるのか。その「根拠」とされているのが、7月7日発表の同党の「事業仕分け」です。国の事業から抽出した87事業を、廃止・継続などに仕分けしたもので、その中で「免許更新制」は「事業廃止」と判定されました。

 ところが、この判定は仮のもので、記者会見した民主党の直嶋正行政調会長の配布資料で「今回の仕分け結果は、民主党としての最終結果ではない」と明記されています。もともと「事業仕分け」は、「一部を調べてもこれだけムダがある」と同党の財源政策を補強するためのものでした。

 要するに、民主党の国民に対する公約は、マニフェストにある「教員免許制度の見直し」で、その内容は「教員の養成を6年制にする」だけです。

 日本共産党全国教職員後援会幹事の今谷賢二さんは「民主党は更新制維持の政策なのに、現場では更新制をなくすと言わざるをえなくなったのは、全国の教職員の運動におされているからです。更新制反対をつらぬいている共産党を1人でも多く国会に送り出して、更新制をやめさせたい」と語っています。

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 教員免許更新制 教員免許を10年たったら無効にし、「更新講習」の受講・認定によって更新する制度。安倍内閣が改悪教育基本法の具体化として成立させました。日本共産党は「物言わぬ教員づくりがねらい」と反対しました。

しんぶん赤旗 2009年8月26日

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小学校の英語必修 指導者軸に基盤固めを

 小学校の新学習指導要領が2011年度に完全実施され、外国語活動(英語)が5、6年生を対象に必修化される。県内でも教師の研修が断続的に開かれるなど、「本番」に向けた取り組みが一段と活発化してきた。義務教育の現場に大きな変革を迫るものであり、その指導方法や体制については教育界全体で工夫を重ねながら課題克服に努めていかなければならない。

 昨年3月に改定された新指導要領によると、小学校英語は「音声や表現に慣れ親しませ、コミュニケーションの素地を養う」のが目標。テストは行わず、さまざまな体験活動によって英語を話す楽しさを知ってもらうことに重点を置いている。活動時間は原則、年間35時間だ。

 小学校での英語活動は必修化が決まる前から導入され、県内でも2000年ごろから実施校が増加傾向にあった。総合的な学習で英語活動を行ったのは07年度で98・6%に上ったが、本年度は新指導要領の先行実施として全257校が取り組んでいる。年間活動時間も07年度の平均12時間から本年度は23・8時間に倍増。2年後の必修化を前に、教育現場では英語指導の試行錯誤が続いている。

 中教審の外国語専門部会が06年に「小学校の英語教育必修化」を提言する以前は、文部科学省の意識調査で教師の54%が必修化に反対するなど現場が混乱した。だが必修化が決まった現在は、「不安を抱えながらも前向きに頑張る教師が大半」と県内小学校の英語指導担当者らが話すように、教育現場での足並みはそろいつつある。

 これまでの取り組みを通し、既に成果が確認されていることにも着目したい。県内のある小学校では、5年生の時には「英語でいろいろな人と話したい」が要望のトップだったが、6年生になると「外国の人と交流したい」が最多になるなど、関心の質的高まりが顕著になった。教材などの英語資料の展示コーナーが低学年の児童たちにも刺激を与え、一方で教師自身も国際理解を深める上で大いに役立つとする意見が目立っている。

 もちろん課題も多い。例えば、指導要領では生きた英語に触れることができるようにALT(外国語指導助手)の活用も求めているが、現在の県内のALTは72人。しかも中学、高校に籍を置いているため、小学校を訪れるのには限界がある。

 このため、担任教師の英語力向上が不可欠であり、これが最大の課題だろう。

 県教育庁では主体的に英語活動を指導できるリーダー的な教師を育成しようと本年度から5カ年研修を実施している。リーダーを軸に校内、地域の推進体制を強化しながら英語指導のレベルアップを図るのが狙いで、こうした取り組みは急務だ。子どもたちが抵抗なく中学の英語授業に向かうことができるようにするためにも、小中の枠を超えた縦の連携も重要である。

秋田魁新報 2009年8月26日

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科学技術政策 若手育成に重点投資を

 科学技術政策の司令塔である政府の総合科学技術会議が「最先端研究開発支援プログラム」を進めている。世界をリードできる最先端研究を支援していくための新しい制度だ。

 3〜5年間で「世界トップの研究開発成果」を得られる30程度のテーマと担当研究者を選ぶ。研究費を基金にして年度をまたいで使えるようにし、研究者の事務負担を減らすためのサポートチームも結成する。研究者が研究に専念できる態勢づくりを進めることに異論はない。

 ただ、従来にない巨額の研究費が配分されるのは疑問だ。本年度補正予算に2700億円が盛り込まれ、1件当たり30億〜150億円(平均約90億円)にも上る。

 全国の研究者を対象に、毎年5万件以上配分されている文部科学省の科学研究費補助金は、総額で1900億円余りにすぎない。それと比べても突出ぶりがうかがえる。

 支援プログラムは日本経団連の提言を基に、経済危機対策の一環として予算化された。財界は実用化を期待しているが、それまでには通常10〜30年かかる。当面、景気の刺激につながるとも思えない。

 内閣府のワーキングチームが現在、支援対象候補について審査している。多額の費用に見合う研究かどうか厳正に審査してほしい。予算ありきでは国民の理解は得られまい。

 そもそも、3〜5年間で世界を驚かすような成果を求めるのが妥当なのか。金もうけにつながらないと軽視されがちな基礎科学の分野などの独創的な研究が、審査で漏れる恐れはないのか。長期的な視点で制度の在り方など再検討してもらいたい。

 09年版科学技術白書は、経済危機による世界の大転換期を「高い研究開発力を生かしたイノベーション(技術革新)で乗り越えなければならない」と指摘した。だが、技術大国日本を支える基盤はもろくなっているのが現実である。

 白書によると、研究者を目指す若者は減少し、女性研究者の割合は相変わらず低い。博士号を取得しても安定した職に就けず、海外で研究したいと思っても帰国後の就職が不安であきらめるといった背景がある。

 政府は来年度までの3期15年で計60兆円余の税金を投入し、「科学技術基本計画」を進めているが、こうした状況は一向に改善されない。巨額の研究費を投じるのであれば、若手研究者の育成に重点を置いた政策を進めるべきである。

南日本新聞 2009年8月26日

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民主、全国学力テストを大幅縮小 11年度から抽出方式の方針

 民主党は24日、衆院選で政権を獲得した場合、全国の小学6年と中学3年の児童・生徒を対象に毎年行われている全国学力テストについて、2011年度から一部の学校に絞る「抽出方式」へ大幅縮小する方向で見直す方針を固めた。学校、地域間の競争激化や序列化につながりかねないと懸念する教育現場の声を取り入れる。見直しが間に合わない来年度については中止も含め検討する。

 民主党は、政府の無駄遣いを精査する「事業仕分け」を行った際、全国一斉方式の学力テストを「抽出調査で十分。毎年実施する必要があるか検討すべきだ」として「改善」の対象に位置付けた。その上で、抽出方式への切り替えにより学力テストに関する文部科学省の09年度事業費49億円のうち40億円が削減できると主張していた。

 抽出方式では、対象とする学年を増やし、従来の国語と算数・数学2教科以外の教科についても調査する方向だ。

 民主党は、教育問題を衆院選マニフェスト(政権公約)の柱の一つに据え「高校無償化」などを掲げたが、学力テスト見直しは盛り込みを見送った上で対応を検討。教育現場からの「『点数至上主義』につながり、子どもの学力向上には役立たない」との指摘を重視し、見直しを決めた。

共同通信 2009年8月25日

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選挙後どうなる「教員免許更新制」 自・民の方針正反対

 本年度スタートした教員免許更新制の講習。勉強の場と前向きにとらえる教員は多いが、制度への疑問も聞かれる=福井市の福井大文京キャンパス

 本年度スタートした「教員免許更新制」の講習が、夏休みとあって県内の各講習実施機関で盛んに行われている。衆院選の各党マニフェストでは「着実な実施」「制度の廃止」と対照的に明記されている更新制度。受講する対象教員からは「講習自体は刺激になる」と前向きにとらえる声の一方、更新制度の在り方に疑問も聞かれ、制度の行方が注目される。

 19、20の両日、福井市の福井大文京キャンパスで行われた必修講習「教育実践と教育改革」。受講した101人は5、6人ずつのグループに分かれ、教員生活を振り返り、児童生徒の指導で大切にしてきたことなどを披露し合った。「あいさつをしっかりさせることが大切」「他の生徒を引っ張っていくような子どもを育てたい」。それぞれの思いを語り合い、耳を傾け合う教員の姿が見られた。

 講習を担当する同大の長谷川義治教授は「単なる座学ではなく、グループ討議形式を多く取り入れた」と説明。更新講習受講者は年齢も違い、主な勤務が幼稚園、小学校、中学校、高校のどこなのかも異なる。それぞれの経験を受講者同士共有し、参考にしてもらう狙いだ。

 ある女性小学校教員(53)は「講習内容に工夫があり、参考になることが多かった。いろいろな研修を受けるのは良い刺激になる」。男性中学校教員(45)も「民間企業に勤務する人は常に勉強している。教員が最新知識を得ることは必要」と前向きにとらえる。

 ただ教員の間には「新たな負担増になる」と批判があるのも事実。「夏休み期間とはいえ、部活動・補習などの学校活動や、研修、出張などの業務もある。受講期間は同僚に代わりをお願いしなければならない」=男性中学校教員(33)=との声は少なくない。受講料約3万円の自己負担にも不満が聞かれる。

 自民党と、日教組の支持を受ける民主党や社民党では、制度に関するマニフェストは正反対。自民党は「着実な実施」で質の高い教員を確保をすると訴える。民主党は、効果が不透明で、教員の負担増、現場の疲弊を招くとして制度を廃止するとしている。

 先の45歳の男性教員は「『免許を失効するかもしれない』という緊張感を持って取り組むのはいいこと」と評価する一方で「教育の最新事情を知るのが目的なら研修でもよいのでは」と疑問を呈した。また女性小学校教員(55)は「最後の更新は55歳の時で、教員生活は残り5年しかない。10年ごとの更新なら、50歳で受けるようにすべきだ」と改善を求める。

 今回衆院選は、経済対策や社会保障問題の陰に隠れ、教育に関するマニフェストの論議が少ないとの見方も教員の中にある。「注目された高校授業料の実質無償化も、教育というより子育て支援の問題」と、先の33歳の男性教員は言う。資金的支援も大事だが、いじめをなくし、将来を担える人格を育成することが本来の目的。別の教員の一人は「子どもたちをどうやって導こうとしたいのか見えてこない。それは、国の将来ビジョンがしっかりと描けてないからではないか」と漏らした。

教員免許更新制とは

  国公私立の幼稚園や小中高校、特別支援学校の教員(臨時任用や非常勤の講師含む)に10年ごとの免許更新を義務づけた制度。必要な最新の知識技能を身に付けるのが目的で、大学などで計30時間以上の講習を受ける。受講後の認定試験で60点未満の場合は不合格になり、2年以内に再講習、再試験で合格しないと免許が失効する。本県では本年度は2011年3月末時点で35、45、55歳の約600人が受講する見通し。

福井新聞 2009年8月25日

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科学五輪―理科好き生徒増やしたい

 世界の高校生が競う国際科学オリンピックでこの夏、日本の代表が大活躍した。5科目に23人の選手が参加、金メダルは過去最高の12個となり、全員がメダルを獲得した。

 好成績をはずみに、日本の科学教育をよりよいものに変えていきたい。

 この大会では、上位約1割に金メダルが与えられる。次の2割に銀メダル、次の3割なら銅メダルだ。

 まず、初めて日本で開かれた生物学五輪で日本勢では初の金メダルを1人が獲得、残る3人も銀メダルだった。

 続く物理でも5人のうち2人が金メダルをとった。数学では6人中5人が金メダルで、うち1人は満点でトップ、全体の成績でも中国に次ぐ2位に入った。化学、情報でも4人のうち2人が金メダルを手にした。

 科学五輪は1959年に数学から始まった。それに物理、化学、情報が加わり、生物学は90年からだ。

 このところ成績上位を占める国・地域は中国や韓国、台湾、米国やロシアなどだ。とくに中国は国を挙げて取り組んでいる。代表に選ばれると特典も多く、ほぼ全員が金メダルをとる勢いだ。

 日本の参加は90年の数学から。生物学は05年、物理は06年と先進国の中では遅い。理科教育の水準が低く、歯が立たないことを心配したためだ。

 日本の代表選手たちは、世界で標準的に使われている教科書で学び直し、国内の高校ではあまりやらない実験の特訓などを受けて本番に挑む。

 今年の好成績は、経験を積んだ代表が多かったうえ、こうした特訓が成果を上げたためだろう。04年度から政府が科学五輪の支援を始め、予選の参加者が増えてきた効果もありそうだ。

 喜んでばかりはいられない。国際大会に参加することで、改めて日本の教育の弱点が浮かび上がっている。

 過去の化学五輪で銅メダルをとったある高校生は、帰国直後の模擬試験で、60点満点で10点も取れなかったそうだ。日本の化学教育は本質的な理解を求めるより、知識を蓄えることに重点が置かれているためだろう。

 体系的に科学を学ぶ、国際水準の教育へと底上げしていくことで、日本の高校生の力を伸ばし、理科好きのすそ野を広げていきたい。

 茨城県つくば市で約1週間にわたって開かれた生物学五輪では、世界の高校生たちが10時間以上もかけて理論と実験の問題に取り組んだ。その一方で、夏祭りや日光旅行などで日本の文化や自然にも触れた。

 世界中の若者たちが日本を舞台に考える力を競い、友情の輪を広げた。大きな意味があったと思う。

 来年は化学五輪が東京で開かれる。高校生たちの目を、さらに世界に向けるきっかけにもなってほしい。

朝日新聞 2009年8月25日

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視点 衆院選 科学技術立国 研究の土台作り忘れず=論説委員・青野由利

 研究者にとっては異例ずくめの大型研究費だろう。配分先選びが進められている「最先端研究開発支援プログラム」だ。

 経済危機対策の一環として、政府が補正予算に組み込んだ。「総理が配分先を最終決定する」がうたい文句で、自民党のマニフェストにも科学技術創造立国の実現方策として盛り込まれた。今月中にも配分先を決める予定という。

 問題意識は悪くない。「予算が単年度決算で使いにくい」「雑用が多く研究に専念できない」という研究者の悩みに応えようとした点だ。

 しかし、プログラムの設計には首をかしげる部分がある。まず、驚くのはその金額だ。2700億円を約30人の中心研究者(30課題)に配る。研究期間は今年度から3年以上5年以内。1件あたりの研究費は30億〜150億円に上る。

 文部科学省が拠出するもっとも基本的な研究費である「科学研究費補助金(科研費)」の今年度の予算総額は1970億円で、これを5万件以上に分配する。性質の異なる研究費とはいえ、今回の研究費がいかに高額かがわかる。

 しかも、1カ月で交付先を決定する「スピード審査」だ。「3〜5年間で世界をリードする」という目的に沿えば、短期間では成果の出ない独創的な研究ははじかれてしまう。実績のある研究者だけが選ばれるとすれば、本来進めるべき若手研究者育成にはつながりにくい。

 これだけの研究費を少数の人に投じる一方で、研究を幅広く支える国立大学の運営費交付金、私立大学の助成金が毎年削減されていることも気にかかる。これでは、研究費格差が開き、基礎研究が立ち行かなくなる恐れが強い。

 ここ数年の科学技術政策は、「選択と集中」のかけ声の下に、トップダウンで成果の見える研究に研究費が重点配分されてきた。支援プログラムもその一環で、自民党にこの路線を変更する様子はない。

 一方、民主党は国立大学法人などの改善、研究者奨励金制度の創設などを掲げる。国の科学技術政策を決定している総合科学技術会議の改組も提案している。しかし、どのように日本の科学者や技術者を育てていくのか、具体像は見えない。

 日本の科学技術は今、欧米先進国のみならず、中国やインドなど新興国との競争にもさらされている。そこで大事なのは、近視眼的な成果主義に陥らないことだ。長い目で研究の土台を築いていくことの大切さに政治は目を向けてほしい。

毎日新聞 2009年8月25日

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教育の中身、充実できるか 〈総選挙〉政策・公約チェック(下)

 総選挙で教育政策はどう語られているか。それは何を意味しているのか。各党の公約点検企画の後編は、様々な制度にかかわる問題を中心にみた。(青池学、上野創)

    ◇

■少人数教育

 教員が忙しい。同じ教室で学ぶ子どもの習熟度に大きな差が出ている――。教育現場のそんな状況を踏まえ、各党がこぞって公約に掲げたのが「少人数学級の推進」。1学級の子どもを少なくすれば、子どもを今よりもていねいに教育できる、という考えからだ。

 日本の小学校の1学級あたりの児童数は28.2人。経済協力開発機構(OECD)加盟国では下から2番目の低水準だ。中学校も下から2番目の33.2人で、OECD平均の23.8人とは約10人の開きがある。文部科学省の幹部も「日本は学級規模でいえば後進国」と認める。

 これまで政権を担ってきた自民は公約に「4年以内に少人数学級を実現」と記載した。ただ、地域ごとに事情が異なることを考慮し、1学級あたり何人を目指すのかは記していない。公明も目標人数は具体的に記さず、少人数学級や、1学級を複数の教員で指導するチームティーチングの推進を掲げる。

 野党では共産が「30人以下学級」、社民が「学級生徒数は20人を目指し、当面は30人以下学級の早期完全達成をはかる」とした。

 一方、民主は「教員1人あたり生徒数」という指標を改善し、少人数学級を進めるとしている。日本は小学校19.2人、中学校14.9人だが、これをOECD平均の小学校16.2人、中学校13.3人に減らすことを目指す。

 小泉政権下で成立した行政改革推進法や、閣議決定された経済財政運営の基本方針「骨太06」により、文部科学省は教員増の要求を抑えつけられてきた。財政再建路線のもとで教員を含めた公務員全体の定員削減が進められたためだ。

 それだけに、教員配置を手厚くし、少人数学級を進めると各党が一斉に訴えている現状について、文科省幹部は「歓迎すべきことだ」と口にする。

 ただ、少人数学級を実現するうえでどれだけの経費が必要となるかという数字は、自公も、野党の民主、共産、社民も公約に示していない。

 仮に民主が目指すOECD平均並みの教員配置を小中学校で実施した場合、「教員は十数万人増、人件費は8千億円程度かかる」と文科省はみている。


■国立大学運営費

 大学を運営する基盤的な経費として国から各国立大学に交付される「運営費交付金」は政府の財政再建路線のもとで削減が続いており、小泉政権が閣議決定した経済財政運営の基本方針「骨太06」で対前年度比1%削減を07年度から11年度まで続けることが決まっている。

 04年度に総額1兆2415億円だった交付金は、09年度は1兆1695億円。5年で720億円が削られた。国立大からは削減方針の撤廃を求める声が繰り返し上がっている。

 自民は公約で運営費交付金を「充実」させると表現しているが、同党の幹部の一人は「増やすのは財政的に困難。従来の削減方針を変えるということではない」。

 これに対し、民主は「自公政権の削減方針を見直す」と訴え、共産は「削減された720億円を直ちに復活させる」、社民は削減方針を「転換」するとしている。

 そもそも、大学などの高等教育機関に対する日本の公財政支出は、対国内総生産(GDP)比0.5%で、OECD加盟国では最下位だ。

 しかも、支出の変化をみると、00年の額を100とした場合、05年はイギリス148、アメリカ132、韓国136、OECD平均は127でいずれも100を超えているのに対し、日本は93。加盟国で100を切ったのは日本だけだ。

 政権交代すれば、大学への予算配分が手厚くなるかもしれない――。文科省にはほのかな期待感が漂うが、運営費交付金は1%削減するだけで100億円が浮くことから、省内には「他の政策を実現するため、引き続き削減のターゲットにされる可能性がある」との見方もある。


■全国学力調査

 全国の小6、中3全員を対象とし、文科省が07年度から始めた全国学力調査。予算は年間60億円程度必要だが、「金と労力に見合うほどの分析結果が得られていない」「その分を他に振り向けた方がいい」という声が現場や教育委員会には根強い。

 これについて、自民は今後も続けることを公約で明示しているが、共産、社民は、全員を対象にする現在の方式をやめ、サンプルを取り出す抽出調査に改める方針を示している。民主も公約には記載していないが、省庁の事業の必要性を洗い直す「事業仕分け」の中で、「抽出で十分」と判断している。

 今年度始まった教員免許更新制も、与野党の対立点だ。教員に10年ごとに免許更新講習を受けることを義務づける制度で、自民は継続方針だが、共産は「政府言いなりの『物言わぬ教師』づくりを進めるのがねらいだ」、社民は「教員の負担を増すだけ」としてそれぞれ中止を訴えている。民主も、「事業仕分け」の結果、「効果が不透明。教員の負担が増し教育現場が疲弊する」として「廃止」と判断している。


■「基本法」

 自民は公約で、安倍政権当時に成立させた改正教育基本法の理念を「かたちにする」としている。

 教育基本法は戦前の軍国主義教育への反省から「個」の尊重をうたったが、安倍政権は06年12月の改正で「我が国と郷土を愛する態度を養う」といった「公」重視の項目を盛り込んだ。今回、その理念のもとで、道徳教育や伝統文化教育の強化などを掲げる。

 「教育基本法」は、実は民主も改定をねらっている。マニフェストの母体となる公約集の文部科学政策のトップには、党独自の「日本国教育基本法案」の概要を掲載。「党の教育政策の集大成」と位置づけ、国会に提出する姿勢を示している。

 この法案は、基本法改正が論議されていた当時、対案として国会に提出したものだ。公約集では触れられていないが、前文には「我々が目指す教育」として「日本を愛する心を涵養(かんよう)すること」と書かれている。

 民主の保守系議員には「愛国心をめぐる表現は自民党より踏み込んでいる」と自賛する声があるが、旧社会党出身議員や日教組系議員を抱える党内では、「愛国心」に関する考えは一様ではない。今後、党内対立の火種になる可能性がある。

 この基本法案には、地方の教育行政を教育委員会から首長に移すことも盛り込まれている。「合議制による教育委員会は責任が不明確で、いじめや不登校といった問題に対処できない」「選挙で直接有権者から選ばれる首長の責任で改善を進める方がよい」という考えからだ。

 だが、教育委員会制度もまた、戦前の教育への反省から、教育の政治的中立を保つために創設された経緯がある。

 基本法案には、政治的中立が保たれているかどうかをチェックする「教育監査委員会」の設置もセットで盛り込まれているが、民主の支持団体の日教組も含めて論議を呼ぶのは必至だ。党内にも「政権交代したとしても、提出までに数年は議論の時間が必要だろう」との声がある。


経済評論家・勝間和代さん―「機会の平等」推進に予算を

 教育の家庭の負担の多さがやっと問題視されていますが、「遅い」と思います。

 格差社会がなぜ悪いか。さまざまな実証研究が示していることは、格差が広がるほど社会全体の幸福度が下がるという点。「勝ち組」と言われる人々も、社会不安、リスク増大、転落のプレッシャーなどで幸福度は下がります。

 教育に予算をかけ、「機会の平等」を進めるのは社会全体に必要なことでしょう。

 ただ、教育は学問だけではない。教科の知識以前に、問題解決能力や他人の意見を聞いて自分の意見を組み立て、伝える力などを育てないと社会に出て行けない。企業は採用後に再教育するコストをかけなくなっているんです。

 数学は論理的思考につながり、歴史は過去を知って未来を思い描くために学ぶ。目的を考えずに、計算と年号を覚えさせるだけの授業を続けても仕方がない。私同様、仕事を持ちながら子育てをしているお母さんたちから「どこの学校なら創造力や社会で役立つ力を育ててもらえる?」とよくきかれます。親の私立志向が高まるのは、授業を時代に合うように工夫してくれるからです。

 私立は先生の質のばらつきが少ないのも大きい。10年に1回の研修などではなく、公立の教師の質を上げる効果的な方法を本気で考えてほしいです。同時に、待遇改善や教員の増員、昇進などでモチベーションを上げる。予算はそっちにも使わないといけない。

 大学改革は各党の注目度が低いけれど重要です。ばりばりにアカデミックなのは上位校だけにし、それ以外は、社会のニーズを基にどんな人材を輩出するかデザインを明確にし、職業訓練に力点を置くべきです。入試を改善すれば、高校教育、義務教育も変わります。

 教育投資は将来的に6%のリターンがあるといわれますが、育った人材が社会に出て付加価値を生むことが前提です。国が予算をかけても、フォローアップをきちんとしなければ意味がない。そういう当たり前のことを政治家にもお願いしたい。


耳塚寛明・お茶の水女子大副学長―実効性ある改革へ、じっくり議論を

 教育政策が重視すべき両輪は平等と質だが、日本の教育は今、その両面で岐路に立つ。総選挙後に政権を担う党が取り組むべき課題は何か。

 一つ目は、対GDP比で先進国中最低水準にある教育への公財政支出をどう増やすか、だ。

 06年に安倍政権が成立させた改正教育基本法は、政府に教育振興基本計画を定めることを義務づけた。その後、基本計画をつくる段階では、公財政支出引き上げの数値目標を盛り込むかどうかで文科省と財務省で攻防があり、結局削られた。

 数値目標がなければ、実際には予算はきちんと確保できない。この点で、改正教育基本法は、教育政策上の意義をすでに失ったといえる。今後の政権には、平等と質を確保する基盤である公財政支出をどう拡大させるかに取り組むことが求められている。

 二つ目は格差是正。所得階層を問わず教育費を支援するか、低所得層に絞るかという問題はあるが、まず後者への支援を急ぐべきだ。

 第三は、大学教育の質の確保だ。日本の場合、少子化や入試の多様化で、入試を通じて学生の質を維持・向上させる仕組みが崩れた。グローバル化が進む中、日本での学歴が国際的に通用しなくなる恐れがある。それをどう防ぐかも大事な課題だ。

 ここ数年の教育政策の形成過程をみると、政権が有識者会議を立ち上げ、時間をかけずに結論を出し、実行するという流れができている。

 そこでは実証性に欠ける「思いつき改革」ばかりが提案され、現場が混乱した印象を受ける。総選挙後に政権を担う政党には、データに基づき、長期的な見通しをもって教育政策を企画実行することが求められている。

朝日新聞 2009年8月24日

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つくる会教科書―横浜市の採択への懸念

 横浜市の市立中学校の約半数で来年春から新たに、「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された歴史教科書を使うことが決まった。

 4年前の採択時期には、つくる会の歴史教科書の採択率は全国で0.4%にとどまった。今回は東京都杉並区、栃木県大田原市などが継続して使うことを決めているが、指定市では横浜が初めてだ。使用する学校の在籍生徒数も約3万9千人と最も多い。

 横浜市で採択されたのは、従来の扶桑社ではなく自由社から出されたものだ。内容の大部分はこれまでの版を踏襲し、今春検定に合格した。

 教科書検定は控えめにすべきだし、教科書は多様である方がいい。しかしそれでも、つくる会の教科書は、歴史の光と影、自分の国と他の国との扱いにバランスを欠き、教室で使うにはふさわしくないと考えざるを得ない。

 自由社版でもそれは同じだ。天皇や神話を重視し、近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観が色濃く、中国への侵略、朝鮮半島の植民地支配については不十分なままだ。沖縄戦の集団自決にも触れていない。

 気になるのは、横浜市教委の採択経緯が教育の現場の声を十分反映したものかどうか、疑念が残ることだ。

 市教委の付属機関で教員や保護者、学識者でつくる教科書取扱審議会が、自由社版を含む7社の候補を選定。18区それぞれの学力状況などに応じ、区ごとにも幾つかのふさわしい教科書を挙げて市教委に答申した。

 答申は自由社版を「他民族の生活や文化の扱いがやや弱く、生徒の多様な見方や考え方を育てるにはやや適さない」とも評した。どの区でも自由社版の評価はさほど高くはなかった。

 ところが市教委では、各区で現在使用中の教科書と自由社版の二つを比較する形で、委員が意見を述べた。その後、委員6人が無記名で投票し、八つの区で現行のものから自由社版に切り替わることになった。

 市教委の今田忠彦委員長は、4年前の採択時、市教委でただ一人、扶桑社版を採用すべきだと主張した委員だった。今回の採択には、市教委トップとなった今田氏の意向が強く反映されたのだろう。

 教科書の採択権限は教育委員会にあるが、実際に使うのは教師と生徒だ。現場の声を反映した審議会の答申が、どこかで自由社か否かの二者択一のようになってしまった。

 今田氏は自由社版を「愛国心」条項などが盛り込まれた改正教育基本法の趣旨に合っている、と評価する。しかしこの法律は同時に、他国を尊重する態度を養うことも求めている。こちらは満たしているだろうか。

 30日投票の横浜市長選に立候補している各候補者の意見も聞いてみたい。

朝日新聞 2009年8月23日

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教育政策 人材育成につながる支援を

 教育は未来への先行投資だ。資源の乏しい日本にとって、人材の育成こそ重要である。「国家百年の計」を見据えた論議をしてもらいたい。

 各政党の政権公約は、昨秋以降の急速な景気悪化を受け、家計の教育費負担の軽減が中心だ。

 例えば、民主党案では、公立高校生のいる家庭に年約12万円の授業料相当額を直接支給し、実質的に無償化する。私立高校生のいる家庭にも年12万円、低所得者なら倍の24万円を助成する。予算は約4500億円を見込んでいる。

 他の野党も、同様に高校の無償化を打ち出している。

 一方、自民、公明両党も家計支援を掲げるが、自民党は低所得者の授業料無償化、公明党は修学の継続が困難な生徒の授業料減免など、対象を絞ったのが特徴だ。

 各党は、返済不要の給付型奨学金の創設も掲げている。

 多くの欧米諸国では、高校の授業料は無償で、大学生には公的な給付型奨学金制度がある。

 これに対し、日本では家計に多額の教育費負担がかかる。文部科学省によると、高校3年間に公立で約160万円、私立なら約310万円の教育費を要する。こうした現実から、教育費支援が選挙の焦点の一つになっている。

 ただ、義務教育ではない高校の授業料を、所得の多寡にかかわらず無償とするのが妥当なのか、議論のあるところだ。

 支給方法も、家庭への個別支給では、生活費や他の消費に回される可能性があり、確実に授業料に充当されるのか、不安が残る。

 所得と教育の関係では、年収1000万円超の家庭だと大学進学率が約60%、400万円以下なら約30%という調査結果もある。

 全国学力テストでも、小学6年生の平均正答率は、親の年収が1200万円以上のほうが200万円未満より、国語、算数ともに約20ポイント高かった。

 家庭の所得格差が、受けられる教育の格差につながらないようにする政策は不可欠である。だが、予算を有効に使うには、メリハリも必要だ。大衆受けを狙った政策ばかりであってはなるまい。

 教育の充実には、教員の資質向上や子どもの能力・適性に応じた指導も大切だ。特に、科学技術や産業の国際競争力を高めていくには、有能な人材の育成という観点が肝要である。

 しかし、各党の政策には、人材作りの具体策に言及したものはほとんどない。幅広い視点で有権者に判断材料を与えてほしい。

讀賣新聞 2009年8月23日

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教育 何のための学力向上か

 「先生、ウヂのわらすにあんまり学力、学力って言わねでけろ」

 県内でも、人口減が著しい地域に行くと、そのように保護者から言われることは珍しくない−と、校長を務めた教職OBが教えてくれた。「勉強ばかりするようになると、地域から出ていって戻ってこない」という理屈だ。

 「地元の学校を出て、家業を継いでくれることが、わたしらの願い」と言われると、一瞬返答に窮するという。これを「親の身勝手」と言えるほどに、教育は国や地方自治体の施策として成熟しているだろうか。

 2004年12月に公表された経済協力開発機構(OECD)の学力調査で、日本の高校1年生の読解力や数学的応用力などの低下が示されて以来、「学力向上」は日本の教育の一大スローガンになった感がある。

 07年には全国の小学6年と中学3年を対象に、全員調査としては43年ぶりに全国学力テストが復活した。「学力」だけではない。08年からは、全国の小学5年と中学2年の男女全員を対象に「体力テスト」も始まった。

 「学力」も「体力」も数値化され、地域や学校、個人の位置付けが示される。それが励みになる場合は、確かにあるだろう。逆に、本来は個性とされるべきものが、優劣に姿を変える場合もあるかもしれない。そうした面への想像力が、今の公教育には不足しているのではないか。

 「教育再生」を最重要課題とした安倍政権下、教育基本法が改正されたのは06年。旧法に比べ「公共」に重きを置いた新教基法は第1条で、国家や社会の形成者として「必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」と、旧法にはなかった目的を付記。教育に、国家が積極的にかかわる姿勢を明示した。

 対象学年全員による全国一斉の学力テストや体力テスト実施は、この流れの中にあるだろう。一方で、文科省の専門家会議は、気になる「テスト結果」も公表した。学力テストの公立小6年の結果に関し、保護者の年収が高い世帯ほど、子どもの学力は高いというのだ。

 家庭の収入と学力との相関関係は、教育現場では既に常識に近い。収入が多いほど、塾や家庭教師などの私教育への支出も多いというのが専門家会議の見立てだ。調査結果は、その実態を裏付ける。

 授業料の無償化や減免、奨学金制度の拡充など、各党のマニフェストは教育費負担の軽減策を競うが、そこからは日本の公教育のあるべき姿は見えてこない。見えるのは、「学力向上」に私教育の役割を認める公教育の現状だ。

 少子高齢化に加え、本県はじめ地方が若者を中心とする人口流出に悩む中、東京への一極集中は加速している。いくら「学力」が上がっても、地方が疲弊する一方では意味がない。

 何のための「学力」か。総選挙を機に、突き詰めて考えてみる必要がある。

遠藤泉

岩手日報 2009年8月23日

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児童ポルノ 根絶へ早急に法改正必要

 インターネット上にはびこる子どもを性対象にした画像は、子どもを性的に虐待し、人としての尊厳も踏みにじる。

 先進諸国の中で、こうした画像の単純所持を規制していない日本は、インターネットなどを通じた「児童ポルノ供給国」という恥ずべきレッテルを張られ、国際的な非難を浴びている。

 10年前に児童ポルノ禁止法が制定され、現在は画像の製造や提供、それを目的とした所持は禁じられている。しかし、個人が「趣味」で画像を持つこと自体は、プライバシー保護の観点から規制されていない状態が続いているのだ。

 警察庁によると、今年1〜6月の摘発事件数は382件で、前年同期より27・3%増え、被害児童数も同じく51・4%増の218人に達した。いずれも統計を取り始めた2000年以降最多である。摘発者数も同53・7%増の289人に上り、母親が2歳の長女のポルノ写真を撮影して逮捕されるケースもあった。

 児童ポルノ犯罪は後を絶たず、警察庁は「取り締まり強化で摘発が増えた面もあるが、氷山の一角」と分析する。現行法での摘発には限界がある。

 被害児童の心の傷も深刻だ。いったん画像が流出すれば、コピーなどでネット上を際限なく流通し、大人になっても苦しむことになる。警察庁は被害児童を特定して精神的ケアをする対策チームを設置したが、被害の拡大を防ぐためにも単純所持の規制は不可欠だろう。

 先の通常国会では、与党と民主党がそれぞれ改正法案を提出し、一本化を目指して協議を重ねた。一方的にメールで送り付けられるなど児童ポルノと知らずに持っている場合を考慮して、本人の意思で取得したことの十分な立証を捜査機関に求めることを規定したうえで、単純所持を禁止することで一致。合意目前だったが、衆院解散で廃案になった。

 今回の総選挙では、幼児教育無償化や子ども手当創設など、与野党とも子どもを意識した政策を政権公約に書き入れた。ならば、子どもの体と心をむしばむ児童ポルノ根絶にも異論はあるまい。

 総選挙後は政権の枠組みがどのようになろうとも、早急に実効ある法改正に取り組んでもらいたい。

西日本新聞 2009年8月23日

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子育て・教育 将来への投資、見極めよう

■2009総選挙■

 近年、教育を社会保障の一環としてとらえる考え方が注目を集めている。

 文部科学省の有識者懇談会が7月にまとめた提言も、その一つだ。教育を「人生前半の社会保障」と位置付け、「次代を担う子どもすべてが共通のスタートラインに立てる」ように、家庭の教育費の負担軽減策を講じるよう求めている。

 社会保障は年金や医療・介護など高齢者向けと思われがちだが、それだけではない。文科省の懇談会は、幼児期から義務教育、高校、大学と子どもが社会に巣立つまで、国が子どもの家庭基盤を支えることが必要だというのである。

 教育支援策は少子化対策とも密接に絡む。その子育て・教育支援問題をめぐって、今回ほど争点となった衆院選はなかったのではないか。各党が、こぞってマニフェスト(政権公約)で競い合う。それ自体は歓迎すべきことだろう。

 確かに家計は教育費に悲鳴を上げている。小学生以上の子どもがいる家庭では平均で年収の3分の1強を占めるという調査もある。高校入学から大学卒業まで費用は1人1千万円を超えるという。

 幼児教育にもカネがかかり、小中学校や進学率が98%に達した高校段階では、給食費や学費の滞納が問題化している。所得が低い家庭向けの就学援助申請も急増し、昨年来の深刻な不況が、子どもを取り巻く環境を一層厳しくしている。

 文科省の専門家会議が2008年度の全国学力テストを基に調べたところ、親の収入が高い世帯ほど子どもの学力が高かったという。家庭の所得格差が子どもの進路を左右し、学習意欲にも影響を及ぼしていると言う専門家もいる。

 経済格差が教育格差を生み、それが経済格差につながる。そんな格差の連鎖は何としても避けなければならない。

 こうした事態に、自民党は幼児教育の無償化を打ち出した。就学前3―5歳児の幼稚園・保育所費用負担を段階的に軽減し、3年目から無償にするという。高校生や大学生を対象に、返済不要の給付型奨学金の創設なども約束している。

 対する民主党は「子ども手当」の創設が目玉だ。中学卒業まで1人当たり月2万6千円(10年度は半額)を直接支給する。また、公立高校の授業料相当額を世帯に支給して実質無償化し、私立校生の世帯にも年12万円を支給するという。

 公明党も幼児教育無償化や児童手当拡充を公約するほか、「保育所待機児童ゼロ、高校授業料無償化」(共産党)「月1万円の子ども手当、高校入学金・授業料無償化」(社民党)など花盛りだ。

 ただ、疑問も付きまとう。例えば自民党の幼児教育無償化は、子どもが幼稚園・保育所に入れない家庭には不公平ではないか。民主党の子ども手当も、家庭に一律支給するのではばらまきだという指摘があるほか、実際にカネが子育て・教育費に使われるのか、懸念もある。

 さらに、恒久的施策として財源は大丈夫なのか。保育所を増やすなど、子育てしながら働くための環境づくりはどうするのか。公教育を充実させるためには少人数教育を目指し、教員を増やすことも必要だ。そうした裏付けや対策も含め、各党はもっと説明すべきだろう。

 少子化対策も教育支援も、すぐに効果が出るものではない。社会の活力をはぐくむための「将来への投資」であり、本気度が問われる。有権者は各党の訴えに耳を澄まし、見極める必要がある。

西日本新聞 2009年8月22日

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09衆院選 子育て・教育 将来へのビジョンが欲しい

 安心して子どもを産み、育てていくことのできる社会をどう実現するか。それは国家戦略の第一歩だ。子育てや教育の支援策がこれほど各政党のマニフェスト(政権公約)にあふれ、優劣を競う衆院選はかつてない。

 子育て世代が負う費用の重さは、とうに限界に達している。各党が「未来への投資」を口にするのは、遅すぎるくらいだ。

 公約に子育て世代へのへつらいや、聞き心地の良い選挙アピールが混じっていないか。それを見極めるためにも注意すべき点がある。同じ子どものための政策でも与野党の公約は、立脚点が少し異なっている。

 自民、公明の両党が掲げる「幼児教育の無償化」は、教育再生の基本政策だ。しかし、自民党のマニフェストでは「少子高齢化社会への対応」という項目の中にくくられ、家計への即効薬とも言える民主党の「子ども手当」に対抗している。

 2006年の教育基本法改正で「生涯にわたり人格形成の基礎を培うもの」と、幼児教育の重要性を初めて明確にした。政府は以来、毎年「骨太の方針」に無償化の検討を掲げ、文部科学省が具体策を探ってきた。

 与党の公約は、これらの経過を踏まえてはいるが、無償化の教育的意義付け論は、ほとんど聞こえてこない。

 例えば、「小1プロブレム」という問題がある。小学1年生の教室で、子どもが歩き回ったり騒いだりして授業が成り立たない現象だ。集団行動の規律や他人との協調性を幼児段階からしっかり身につけさせることが、その後の学力向上や社会性の醸成にもなる。無償化はそうした教育の土台を国がきちんと保証するという意思表示である。

 そこの説明を省くと、置き去りにされる認可外保育所や待機児童への配慮のなさが逆に浮き立つ。高校段階では無償化ではなく、なぜ給付型奨学金の創設にするのかも分かりづらい。

 中学卒業まで1人月額2万6000円を支給する民主党の「子ども手当」は、その点分かりやすい。家計への直接給付は、親が正当に使いさえすれば当面は有効な支援策になるだろう。

 それだけ思い切った手を打たないと、子育て世帯の苦境は救えないし、出生率の低下に歯止めをかけることもできない。その危機意識は伝わってくる。

 問題は、制度導入によって従来より負担増となる世帯も生じること。それらも含めた国民的共感を得られるかだ。給付に所得制限を設けないため費用は年5兆数千億円に上る。「予算の無駄遣いの見直しなどで賄う」とする説明には、やはり疑問符を付けざるを得ない。

 政権奪取の勢いと大盤振る舞いの政策だけで、民主党が目指す「社会全体で子育てする国」の実現に向かうだろうか。バランス感覚の取れた手法で国民を納得させる安定感が乏しい。

 今の社会不安や貧困に、責任のない子どもたちを巻き込んではなるまい。目先の金銭的支援は当面必要としても、子どもの未来を大局的に展望し、総合的なビジョンを指し示すだけの政治の深みが欲しい。

河北新報 2009年8月20日

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09年 衆院選 次世代育てる策を競え

 少子化が深刻化するなか、各党の政権公約にも子育て支援が看板政策として位置付けられた。政治の最重要課題になったことはいいが、子育て世代を本当に支えられる政策なのか。

 月二万六千円を中学卒業までの子供がいる世帯に支給する、民主党の「子ども手当」が話題だ。公立高校無償化、希望者全員が受けられる大学生向け奨学金制度の創設も訴える。

 自民党は、三〜五歳児を対象に幼児教育の無償化、高校・大学生向けの就学援助や給付型奨学金制度を創設するという。今回の衆院選で各党が次世代支援策を、最重要政策として位置付けたことは評価できる。

 子育ては教育費負担が大きい。文部科学省によると幼稚園から大学までの教育費は、すべて公立だと約八百三十万円。中学から私立に通うと約千五百万円になる。経済協力開発機構(OECD)の調査では、大学・大学院などの高等教育費について、公的負担と家計負担の比率をみると、家計負担が3〜25%の欧州に比べ、日本は53%と韓国を抜いて加盟国トップ。子育て世帯の負担は重い。

 この負担の軽減は少子化対策には欠かせない。だが、民主党の子ども手当は、子育てを終えたり、子供がいない世帯などでは負担が増える。一方、同手当は所得制限がなく高所得者にも支給される。

 自民党の幼児教育無償化も、なぜその年齢だけを対象にするのかが不明確。家庭で子育てしたり、無認可保育園に預ける世帯は対象から外れる。

 子育て支援は、その費用を子育て世帯以外も負担する必要がある。「子供は社会の希望」だ。希望は社会全体で育てる、だから負担は「損」ではなく「必要」だと理解してもらうことが求められる。

 少子化対策は、現金給付の充実や保育施設整備、教育費軽減だけではない。安心して産める医療、男女が子育てしながら働ける職場環境、若者には結婚・出産できる安定した雇用が必要だ。まさに政権の総合力が求められる。

 両党の子育て支援が「バラマキ」と映るのは、社会保障の将来にどれくらいの危機感を持ち、各分野の政策をどう動員して取り組むのか、戦略や理念が見えないからだ。自民党は政権を担いながら少子化を止められなかった“前科”がある。

 若い世代を支える戦略は何か。実行力を伴った未来像を示してほしい。

中日新聞・東京新聞 2009年8月20日

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子育て支援 経済面だけでは不十分だ

 少子化に歯止めがかからない。このままでは次代を担う若者世代は細るばかりで、日本の未来が立ち行かなくなるかもしれない。そんな危機感を抱いている国民も少なくないだろう。

 2008年の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子どもの推定人数)は1・37と前年より0・03上昇したものの、人口維持に必要とされる2・07には程遠いのが実情だ。

 人口減少が続くと、日本の活力が失われてしまう。少子高齢化がさらに進めば、年金や医療、介護など社会保障制度の維持も難しくなる。

 こうした不安を取り除き、未来を切り開くためには、安心して子どもを産み、育てられる環境づくりを早急に進める必要がある。

 衆院選では、各党がマニフェスト(政権公約)で子育て支援策を打ち出している。どの支援策が少子化対策により有効で、国民にとって望ましいものなのか。各党は、論戦を通じて大いに競い合ってほしい。

 子育て支援で大胆な政策を打ち出したのは民主党である。「子ども手当」を創設し、中学卒業までの子どもに1人当たり月2万6千円(10年度は半額、11年度から全額)を支給するとしている。

 その財源の一部として所得税の配偶者控除や扶養控除を廃止するという。このため「増税」も見込まれるが、民主党は全国4900万世帯のうち約1100万世帯は収入が増えると主張している。

 ただ、実現には年間約5兆3千億円もの巨額な財源が必要になる。いかに確保するのか、国民が納得できる説明が求められる。負担増となる世帯の理解も欠かせない。

 これに対し、自民党は就学前3年間の保育園を含む幼児教育無償化を柱に掲げた。10年度から段階的に実施し、3年目の12年度から無償化するとしている。

 自民党は民主党の子ども手当を意識しながら、子育て世代へのアピールを狙う作戦だ。

 民主党の子ども手当が年間5兆3千億円かかるのに対し、約8千億円で済むと説明。実現可能な政策として民主党との違いを強調している。

 しかし、自民党も財源をはっきりと示しておらず、民主党が子ども手当を国庫負担としているのと比べ枠組みも明確ではない。

 高校生以上の支援策では、民主党が公立高校授業料の無償化、自民党が高校生・大学生が対象の「給付型奨学金」の創設を掲げている。

 子育て支援について、自民党と連立を組む公明党は幼児教育無償化や給付型奨学金の創設、共産党は保育所増設による待機児童ゼロ、高校授業料無償化を約束。社民党は18歳までを対象に月1万円を支給する子ども手当の創設、国民新党は「仕送り減税」の創設を打ち出している。

 これらに伴う財政支出は「未来への投資」と受け止めたい。

 ただ、経済的支援だけでは子育てしやすい社会は築けない。産科・小児科医不足を解消し、男性の育児休業取得をもっと進めるなど、さまざまな角度からの支援が不可欠だ。

徳島新聞 2009年8月20日

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マニフェスト点検 子育て・教育 次世代育成力を問いたい

 産み育てることを喜びと感じる前に、子育てや教育への漠然とした不安が社会全体を覆っている。

 今から20年前、「1・57ショック」と叫ばれ、低出生率を記録したころから、兆しはあった。1990年代後半、経済状況の悪化とともに、教育の機会の不平等が目立つようになると、不安は増大。子どもの未来を開くシステムのほころびは、今や隠しきれないものとなっている。

 日本の社会保障給付は総額約89兆円のうち、高齢者関係に約70%が使われ、児童・家族関係は4%ほどと低い(2006年度)。国民経済の規模と比較しても、家族分野への支出水準は低く、立ち遅れている。

 票につながらない子どもの政策が後回しにされてきたからだが、今回は「本当?」といぶかるくらい、おいしそうなメニューが並ぶ。

 民主党は中学生までの子ども1人当たり月2万6000円を支給する「子ども手当」を目玉として打ち出した。所得制限は設けず、現金給付により、直接家計を支援する考えだ。すべての公立高校の授業料の無償化、大学生・専門学校生の希望者全員が受けられる奨学金制度も盛り込んだ。

 自民党は就学前3年間の保育園を含む幼児教育費の無償化を柱にすえる。こちらは施設にお金を配る支援で手法は異なる。高校・大学生を対象に創設する返済不要の「給付型奨学金」は、格差是正に重点。信頼される公教育を目指し、4年以内の少人数学級実現もうたう。

 思い切った子育て支援策がマニフェストの前面に出てきたものの、子育て世代は案外クールに受け止めている。それによって何が削られるのかはっきりせず、財源が不明確なのと、消費税引き上げなど後々の負担が怖く、素直に評価できないのだ。

 確かに民主党の子育て手当は、これまでにない大胆な政策といっていい。だが、その実現には年間約5兆3000億円もの巨大な財源を要する。配偶者控除や扶養控除の廃止のほか、「不要不急な事業の中止」でひねり出すというが、不安はぬぐえない。

 一方、自民党の幼児教育無償化に必要なのは約8000億円で、いくらか堅実だ。ただ、そもそも保育料は所得に応じて決められており、低所得者ほど負担が少ない仕組みになっている。無償化により恩恵が大きいのは所得の高い層ということになる。

 子育て・教育支援は、若い世代をターゲットにした政策だと思われがちだが、むしろ「次世代支援」として、国民全体の課題ととらえ直した方がいい。

 子育てにはお金がかかる。その社会的コストを誰が、どれだけ負担するのか、次世代育成への覚悟が問われているからだ。

 行き過ぎた「自己責任論」によって、つながり合うことが難しくなった社会の再生。男も女も、子どもがいてもいなくても、支え合って生きていく新たなモデルの構築。

 未来世代を産み育てる政策の本気度を見極めたい。

沖縄タイムス 2009年8月20日

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「なぜ横浜」の疑問なお

 来春から横浜市内の一部中学校で使われる歴史教科書の採択をめぐり、同市教育委員会の示した判断が波紋を広げている。市内18区のうち8区の市立中学校71校で、「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された自由社の教科書の使用が決まったからである。

 同社の歴史教科書は、文部科学省の2008年度の検定で合格したばかり。しかも、「自虐的な歴史観を払拭(ふっしょく)する」との観点に立つ記述に対し、国内外から「戦争を美化し、歴史を歪曲(わいきょく)している」などとする批判が出ている。

 太平洋戦争を「大東亜戦争(太平洋戦争)」と記述したり、戦艦「大和」の紹介に1ページを割くなどした点だ。従来の教科書とは一線を画した内容だけに、その評価はまだ定着しておらず賛否も分かれたままだ。

 そうした教科書を同市教委が全国に先駆けて採用した理由は何なのか。「横浜の子どもが使うにふさわしい教科書か、真剣に議論してきた。合議の結果、適正な手続きを踏んで教科書が採択された」とする市教委の公式見解を聞いてもなお、疑問は氷解しない。

 採択直後に開かれた市民らによる抗議集会でも、「なぜ今横浜でなのか」との声が上がり、やり直しを求める決議がなされた。さらに、市教職員組合からも同じ趣旨の抗議声明が出されている。こうした状況を放置したまま、評価の分かれる教科書を教育現場に持ち込んで混乱が生じないか心配である。

 市町村立の学校で使われる教科書の選定は現在、各自治体の教育委員会が採択の権限を持つ一方、国立の付属校や私立校では学校単位で教科書が選ばれている。横浜市教委の採択では、18区それぞれでどの教科書を採択するか無記名投票で決められた。だが、11年以降の採択では採択区が一本化され、市内全域の市立中学校で同じ教科書が使われる見通しであることも、反発を招く要因となっている。

 抗議集会の参加者からは、実際に授業をする教師が「使いたい」と考える教科書との間に隔たりが生じる可能性が指摘され、「生徒の間に教科書と教師に対する不信感が生じかねない」との声が寄せられた。市民のこうした懸念を置き去りにしたままでは混乱に拍車を掛けかねない。同市教委には納得のいく説明が求められている。

神奈川新聞 2009年8月16日

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学テ、大阪府教委が市町村別結果公開…全国初

 大阪府教委は13日、2007、08年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の情報公開請求に対し、市町村別結果を公開した。

 文部科学省は都道府県教委に対して市町村別結果の公表を禁じており、都道府県教委としての公開は全国初となる。

 公開されたのは、小6、中3を対象に実施された「国語」「算数・数学」の平均正答率のうち、府内37市町分。

 決定書では「多くの自治体が自主公表したが混乱は生じていない」と公開理由を説明している。

 府内43市町村のうち、小中学校が1校しかない6町村については「市町村別と学校別の結果が同じ」として非公開にした。

 府教委は昨年9月、情報公開請求に対して、市町村別結果の非公開を決定。今年6月、異議申し立てを受けた府情報公開審査会から「児童・生徒の学習に及ぼす影響は少ない」と公開を求められ、方針を転換した。

 市町村別結果については、橋下徹・府知事が昨年10月、独自の判断で08年度分の公開に踏み切っている。

讀賣新聞 2009年8月13日 15時43分配信

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科学“基礎体力”向上へ資金拡充 文科省

文部科学省は、科学研究の環境整備や資金面の拡充など、日本の科学技術研究開発を推し進めるための“基礎体力”向上を目指す「基礎科学力強化総合戦略」をまとめた。

 対象は小学校の理科教育の充実から専門的な研究活動にまで及ぶ。創造的な研究風土を醸成するよう「社会総がかりで取り組む」と基本戦略をうたい、具体策として、若手研究者の養成や公的な研究資金の拡充などを重点に掲げた。

 当面の取り組みとして、来年度予算の概算要求に11項目の新しい事業を盛り込む方針。新規施策には、傑出した成果を出せそうな研究者を人物本位で選定し、10年にわたる長期支援をする制度をつくるとしている。1人当たり年間5億円を支給する方向で検討を進める。

フジサンケイビジネスアイ 2009年8月9日

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教育公約 政治的中立は守れるのか

 学力向上の取り組みが始まったとはいえ、公教育への信頼は揺らいだままだ。教育をどう立て直すか。自民、民主両党とも教育を重視し、教育費の充実や学校環境の整備などを掲げている。

 だが教育に対する考え方、教育観には大きな違いがある。民主党の施策には支持母体の日教組の影響も懸念され、教育問題は総選挙の極めて重要な争点である。

 マニフェスト(政権公約)で自民、民主両党の政策が分かれたのが、今年度から始まった教員免許更新制への姿勢だ。自民は「着実な実施により質の高い教員を確保する」としたのに対し、民主は「抜本的に見直す」とした。

 教員免許の更新は最新の教育課題などについて講習を行い、指導力不足の教師をなくそうという制度だ。日教組は反対してきた。

 教師の資質向上は各党一致する課題だ。民主は教員養成課程を6年制にするほか、教員の増員を強調している。しかしダメな教師がいくら増えても学校は良くならない。適切に評価し、鍛える制度の充実が必要ではないか。

 教育改革では自民党の安倍晋三内閣で教育基本法が改正され、愛国心や公共心、伝統文化の尊重などが明確にされた。自民は公約で「歴史・文化伝統を重んじる教育の実践」を挙げている。

 愛国心や宗教的情操教育について民主は、国会審議や政策集に掲げた対案「日本国教育基本法案」で、政府案よりも率直な言葉で踏み込んでいた。だが公約では、それが明記されなかった。

 民主党内には戦後教育で軽視されてきた愛国心などを重視する議員がいる一方、これに反対する日教組の出身議員を抱える。その一人、輿石東代表代行は「教員の政治的中立はありえない」などと耳を疑う発言をした。自民は公約に「教員の政治的中立を徹底する」と明記した。教育基本法で定められた原則を守るのは当然だ。

 今年度から先行実施された新しい学習指導要領は教育基本法改正を踏まえ、道徳教育充実などが盛り込まれた。これが骨抜きにされては困る。民主党は、日教組が反対してきた全国学力テストや道徳教育などに賛成なのか反対なのか教育理念を明確にしてほしい。

 競争や評価などを嫌う体質は日教組だけの問題ではない。教育界全体が抱える課題だ。限られた財源で何が本当に教育の質向上につながる施策か見極めたい。

産経新聞 2009年8月9日

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図書館司書ら半数超が非正規 低賃金 職員の質低下懸念

 全国的に図書館が増える中、蔵書の選定などを担う専門職の司書と司書補の非正規職員化が進んでいる。複数の非常勤や臨時職員の実働時間を合わせ年間1500時間で司書・司書補1人分と換算すると、非正規職員数が正規職員数を上回り、半数以上を占めている計算。1998年度に1館当たり3.1人いた正規職員は、2008年度に2.1人まで減少している。

 地方自治体は図書館の新設のほか、土日や夜間の開館などでサービスを拡充しているが、財政難が重くのしかかり、人件費を抑えられる非正規職員の増員や業務の民間委託を余儀なくされているため。関係者からは「図書館の数が増えても、質は低下しかねない」と懸念の声も上がっている。

 全国の図書館やその職員でつくる日本図書館協会(東京)によると、全国の図書館は1998年度の2524施設から、2008年度は3126施設(公立3106、私立20)に増加。一方でこの間、正規職員の司書と司書補は7941人から6576人に減少し、複数のパート勤務などを合算した実働が計1500時間で1人と換算した非常勤・臨時職員数は、2768人から7459人に急増した。

 例えば、東京都教育委員会が所管する3図書館(1館は09年度から千代田区に移管)では、正規職員の司書と司書補が全体の4分の1に相当する計36人減った。都教委は検索システムの普及に加え、「本の出し入れなど司書以外でもできる仕事は(低コストの)外部の民間企業への委託を進めてきた」という。

 こうした傾向に対し、市民団体「東京の図書館をもっとよくする会」の小形亮さんは「コスト削減ありきになっている」と批判。「司書の資格があっても賃金が安く、定着しない。長い目で見れば、職員の力量が下がる」としている。

                   ◇

【用語解説】司書

 図書館で、貸し出しや購入する本・雑誌の選定、目録の作成、利用者が資料を探す際の助言などを行う専門職。図書館法で規定された国家資格で、大学で所定の単位を履修して取得するが、図書館に司書を配置することは義務付けられていない。司書補は司書のアシスタント役で、講習を受けて資格を取る。

フジサンケイ ビジネスアイ 2009年8月8日8時16分配信

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児童ポルノ犯罪 規制強化で子の人権守れ

 今年上半期のインターネットを介しての児童ポルノ犯罪摘発数が過去最多になった。警察庁のまとめでは前年同期より27・3%増の382件、被害児童数は51・4%増の218人に上る。

 児童ポルノを製造・提供して摘発された者も前年より53・7%多い289人と大幅に増えた。警察庁は「取り締まり強化で摘発が増えた側面はあるが、氷山の一角」とみている。いたいけな子どもたちを食い物にする犯罪は絶対に許されない。プロバイダーやサイト管理者をはじめ、関係者が連携をさらに強化して根絶すべきだ。

 児童ポルノは子どもへの重大な人権侵害として、世界では早くから法的規制がなされてきた。

 日本には、かつて児童ポルノ自体を規制する法律はなく、一部が児童福祉法や強制わいせつ罪の対象とされ、表現内容によって、その販売がわいせつ物頒布罪に問われるぐらいだった。

 日本の規制の甘さは、1996年にストックホルムで開催された「児童の商業的性搾取に反対する世界会議」で強く非難された。また、ヨーロッパ諸国で流通している児童ポルノの8割が日本製とも指摘され、これを機に99年に児童買春・児童ポルノ禁止法が施行され、現在に至っている。

 わが子への授乳シーンの写真を持っているだけで「児童への性的行為」として重罪に問われるようなアメリカなどと異なり、日本では、児童ポルノ画像の単純所持は取り締まりの対象とされていない。

 単純所持を規制していない日本に対し、「インターネットなどを通じた供給国だ」と世界からの非難は根強いものがある。

 単純所持を含む規制強化を軸にした改正案が上程され、国会で論議された。憲法上の「表現の自由」も絡んで各党のスタンスは大きく隔たっている。

 過剰規制で捜査機関の権限乱用があってはならない。が、この問題で一義的に考える必要があるのは、子どもの人権保護であろう。

 昨年11月、ブラジルで開かれた世界会議で「容認ゼロ方針」が打ち出された。法的拘束力はないが、児童ポルノ画像の製造・提供、所持、購入のみならず、「見ること自体も犯罪」と決めている。

 子どもを守るのは大人の責任だ。「子どもを性の対象」とする大人の一掃を図らなければならない。

琉球新報 2009年8月7日

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学力格差 公教育が問われている

 全国学力テストの分析を進めていた文部科学省の専門家会議が、「保護者の年収が高い世帯ほど、子どもの学力が高い」とする調査結果を公表した。

 年収1200万円以上と200万円未満では、正答率に最大23ポイントの差があった。

 自分ではどうすることもできない要因によって未来が閉ざされている、そんな重苦しいデータだ。

 親の学歴や職業、所得と子どもの学力に相関関係があることは、以前からいわれ、教育現場からも指摘されてきたが、国が具体的データとして示すのは初めて。

 頑張れば高校や大学に行けて、希望する仕事に就けるという、当たり前の図式が共有できなくなっている現実に、「公教育」の意味を問い直さずにはいられない。

 調査では、学校外の教育費支出が「月に5万円以上」の家庭と、「支出なし」の家庭では、正答率に最大27ポイントの開きがあった。

 昔に比べ、学校外での勉強が成績に表れやすい時代だからだろう。「年収が高いほど塾など子どもの教育費に投資するため、差が生じた」と分析する。

 もともと子どもの能力に大きな差はない。しかし親の経済力で受けられる教育の内容や量に大きな差が生じているのだ。

 教育費の公的負担の在り方と、学力テストの結果を重視する学力観の見直しが迫られている。

 生活に追われる親に教育への熱意を求めるのは現実的でない。子の頑張りや工夫で盛り返すのにも限界がある。

 学力格差を社会問題ととらえ、親の収入で子どもの未来が決まらないよう、新たな公教育の仕組みをつくる必要がある。

 教育の機会を保障するには当然、国の支出が伴う。就学援助や授業料減免の拡大、返済不要の奨学金を増やすなど、やるべき対策はいくつもある。 

 そもそもスタートラインが不平等なのだから、少人数学級によるきめ細かな指導など義務教育段階から手厚い策を講じるべきだ。

 日本の教育への公財政支出は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最下位と頼りない。総選挙を前に、自民党が「幼児教育の無償化」、民主党が「高校無償化」を打ち出す中、リーダーたちの覚悟も見極めたい。

 今回の調査で興味深かったのは、同じ年収でも、親がニュースや新聞記事を話題にしたり、絵本の読み聞かせをしていた家庭は成績が良かったということだ。

 学力問題へアプローチするもう一つの鍵である。知識伝達型の教育とは別に、幅広い教養を身に付けることが、子の成長には重要なのだろう。むしろこれからの社会を生き抜くには、コミュニケーション能力や問題解決能力といった「生きる力」を育成しなければならない。

 素質や能力にあふれている若者から夢を奪わないよう、教育の枠組みや役割にメスを入れる時だ。

沖縄タイムス 2009年8月7日

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さが衆院選 「検証」05〜09年の功罪〈5〉

【改正教育基本法 06年12月】 「抜本改革」揺れる現場
 7月下旬、佐賀大学本庄キャンパス。学生に交じって学校の先生の姿があった。本年度から義務付けられた教員免許更新制の対象者。30時間の講習を受けなければ失職する。


 県中部の男性教師(43)は夏休みを受講期間に充てた。学期中の業務に支障を来さないためだが、夏休み中も部活や補習はある。「結局、現場を離れなければならず、生徒やほかの先生に迷惑をかけている」と心苦しそうに語った。

 「教育の憲法」といわれた教育基本法。安倍晋三首相の就任から3カ月後の2006年12月、改正法が成立した。以降、「抜本的教育改革」が次々に具現化されている。

「なぜ教師だけ」

 「終身制」から10年ごとの「更新制」にした改正教員免許法はその一つ。初年度の今年、県内では約750人が対象になった。教師の資質への風当たりが強まり「当然」という声も少なくないが、現場の教師には管理強化への不信、不満がくすぶる。「自発的研修と『学ばなければならない』講習とでは、気持ちの面で差がある。なぜ教師だけが…」。男性教師はぼやく。

 改正から2年半。学校現場はこれ以外の”変化”にも揺れる。小中学校の「ゆとり教育」からの転換もその一つ。新学習指導要領で学習内容は増え、授業時間数は約30年ぶりに増加に転じた。全面実施は小学校で11年度、中学校は12年度からだが、小学校の「英語活動」など、佐賀県内では前倒しで実施している学校も多い。

 「学力低下への批判で、ゆとり路線を簡単に転換してしまった」と小学校の教務主任。「完全実施になれば、低学年も授業がびっしり。集中力が続くのか、教える側にも工夫や効率化が求められる」と戸惑う。指導法や時間割をどうするか、今夏の説明会でも話題だった。

増える精神疾患

 頼みの教員数は減少傾向。そんな状況下で、いじめや不登校、発達障害などの課題に加え、家庭問題にも対応していかなければならない。07年度からは全国学力テストが復活し、全国平均を下回った学校では改善の取り組みも続く。

 「ゆとりの削減で多忙感が増し、全国学力テストで競争意識がじわじわあおられている」と中学校長。来年度以降は教科書改訂や副教材開発が進み、改正教育基本法がうたう「愛国心」「公共の精神」が入ってくる。

 改革、改革で振り回される学校現場。「ゆとりの削減や精選されない調査・提出物などで多忙感が増し、実際の数字以上に精神性疾患を抱える先生は増えている」と中学校長。「末端や目に見えない部分を丁寧に改善しないと、本当の改革に結びつかない」。法改正の「成果」をどうとらえるのか。教育界全体の課題と思っている。=おわり=

佐賀新聞 2009年8月6日

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児童ポルノ 被害の根絶を急がねば

 幼い子供たちを性的に虐待する様子を映し出した児童ポルノの画像が、インターネットの世界などにあふれている。

 日本はこれらの画像への規制が甘く、国際社会から「児童ポルノの温床」という不名誉な指摘を受けている。

 先の国会では、与党と民主党との間で児童ポルノの取り締まりを強化する改正法案の修正協議が進んでいたが、衆院解散で廃案になった。

 子供の人権や尊厳を踏みにじる卑劣な行為は、一刻も早く根絶しなければならない。法改正をはじめ抜本的な対策が急がれる。

 日本は1996年にスウェーデンで開かれた第1回児童の性的搾取に反対する世界会議で、児童ポルノ規制の甘さを名指しで批判された。

 これを受けて、国は99年に児童買春・ポルノ禁止法を制定し、18歳未満の児童に関して、買春行為のほか性欲を刺激する写真・映像の販売、提供目的の所持を禁じた。

 しかし、個人が趣味で持つ「単純所持」は容認している。主要8カ国(G8)の中で、単純所持を禁じていないのは日本とロシアだけだ。対応の遅れが目立っている。

 ネット環境の発達で、動画を含めて大量の画像を個人でもパソコンで容易に入手できるようになった。

 個人が保有している画像も、ファイル共有ソフトなどでネット上に流出すれば、たちまち世界中にばらまかれてしまう。

 諸外国が所持自体を禁じているのは、児童ポルノの需要そのものを絶たなければ、拡散は防げないとの危機感からだ。

 ただ、単純所持を犯罪とすると、メールなどに添付されて勝手に送りつけられた画像をパソコンなどに保存しているだけで摘発されてしまう恐れもある。

 児童ポルノの定義の明確化や捜査権の乱用に歯止めをかける十分な手だても必要だ。

 欧米ではインターネットの接続業者が協力し、児童ポルノサイトの閲覧を制限している国もあるという。

 法整備と並行し、ネット利用者が児童ポルノの違法サイトに簡単に接続できないようなブロッキング措置なども検討したい。

 警察庁は児童ポルノ画像の製作者や被害者を特定するための画像分析班を発足させた。

 ネット上に流れている画像の背景などから撮影場所などを割り出し、被害者保護や悪徳業者の摘発などにつなげるという。

 被害に遭った子供は肉体や精神を深く傷つけられている。取り締まり強化の一方で、被害者のケア態勢の充実も欠かせない。

北海道新聞 2009年8月5日

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成人年齢引き下げ 弊害への法律的措置検討を

 高校3年生が馬券を購入することがふさわしいのか。同じクラスの高校3年生で成人と未成年が混在すると、現場の対応は混乱しないか。飲酒、喫煙は…。

 こうした問題の具体的検討は進んでいない中、民法の成人年齢引き下げについて、法制審議会の部会は18歳引き下げを条件付きで容認する最終報告書をまとめた。

 成人年齢引き下げが具体化すれば、「成年・未成年」や「20歳」などの年齢基準を設けた約300の法令が見直しの対象となる可能性がある。

 同部会は最終的な実施の判断は国会に委ねた格好だが、成人年齢の引き下げについてはデメリットも多いとされる。さらに慎重な議論が求められる。

■法制審条件付き容認■

 同部会は憲法改正手続きを定めた国民投票法が、投票できる年齢を18歳に引き下げたのに伴い公職選挙法の改正で国政選挙の選挙権も18歳に引き下げられる事態を見越し、その場合には民法の引き下げを容認した。

 その上で、成人年齢を引き下げるメリットとして18、19歳の若者が社会・経済的に独立した主体として位置付けられる、大人としての自覚を高める、政治参加の意欲を高めるの三つを挙げている。

 ただ一方で、まだ経済的・社会的に自立していない18、19歳の若者層が悪徳商法のターゲットとされ、被害拡大につながる危険があるなどとしている。そのため最終報告書は実施までに教育や消費者保護施策の充実などの環境整備を行うことを条件とした。

 また、親の保護を受けにくく、自立困難になった若者の生活が困窮する恐れがあることなどもマイナス面として挙げられている。

 こうした背景から、賛否が分かれる難しい問題ではあるが、法律家による専門的見解を提示する法制審は、さらに総会の場でも踏み込んだ議論を続けるべきだ。

■あいまいさを残すな■

 最終報告書の段階で指摘されたメリット、デメリットはおおよそ分かっていたことだ。本来ならば、国民投票法案を審議する過程で民法など諸法律への影響などを併せて議論すべきだった。

 今回の最終報告書は「法整備の具体的時期については国会の判断に委ねる」としている。

 国民投票法との整合性を考えれば、成人年齢の引き下げは自然な選択だ。だが、法律上の諸問題、制度上のあいまいな部分を残したままの実施は見送るべきだ。

 もちろん若者が大人としての自覚を持ち、政治、社会に積極的に参加することは大いに歓迎すべきことである。しかし、成人年齢が引き下げられれば若者たちは法的防御力が不足したまま社会に投げ出されることにもなる。

 まだ弊害が多いとしたら、どのような立法措置が必要かなど具体策の検討が必要だ。法制審は国会判断の前に、専門家としての責任ある議論を重ねてもらいたい。

宮ア日日新聞 2009年8月5日

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小6正答率、世帯年収で差=学力テストの追加分析−文科省

 年収が多い世帯ほど子供の学力も高い傾向にあることが、2008年度の小学6年生を対象にした全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を基に行われた文部科学省の委託研究で4日、分かった。学力テストの結果を各家庭の経済力と結び付けて分析したのは初めて。

 委託研究では、5政令市にある公立小100校を通じて、6年生約5800人の保護者から家庭環境などのデータを新たに収集。個人名が分からないよう配慮した上で、学力テストの結果と照合した。

 学力テストには、国語、算数ともに知識を問うA問題と活用力を試すB問題があるが、世帯年収ごとに子供を分類すると、いずれも200万円未満の平均正答率(%)が最低だった。

 正答率は年収が多くなるにつれておおむね上昇し、1200万円以上1500万円未満だと200万円未満より20ポイント程度高まった。ただ、1500万円以上では正答率が微減に転じた。

時事通信 2009年8月4日

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私大定員割れ 特色作りで活路を見いだせ

 大学の淘汰(とうた)がいよいよ始まったということだろう。特色を打ち出せない大学は、生き残れない時代だということを肝に銘じなければなるまい。

 日本私立学校振興・共済事業団が、今年度の大学・短大への入学者数などを発表した。定員割れは昨年度と比べ、4年制大学はほぼ横ばいの46・5%、短大は微増の69・1%に上っている。

 今年に入り、来年度からの学生募集停止を表明した大学は、株式会社立を含め既に5校ある。

 18歳人口は、200万人を切った1993年度以降、少子化で減り続けているのに、大学数は増え続け、国公立を含めると、4年制大学だけで約770校ある。特色を出せない大学が退場を余儀なくされるのは、当然だろう。

 推薦入試やAO入試で安易な学生集めを続けるだけでは、経営の安定は図れない。進学したいと思わせる教育課程を用意し、その教育を受ければどんな将来像が描けるのか、教育方針と人材育成の方法を明確に示すことが肝要だ。

 企業経営に携わった経験者を学長に据え、教員と地元の企業が協議して授業の目標や教材を決めたり、マンガ学部など独自の学部を設けたりする大学もある。

 2%程度しかいない社会人学生が増えるよう、需要に合った教育内容の提供も必要だろう。

 中央教育審議会は、中長期的な大学教育のあり方について審議中だ。大学数や学生数の適正規模もしっかり議論してもらいたい。

 6月にまとめた第1次報告で注目されるのは、大学の規模や質のあり方を分野別に考えるよう強調していることだ。この中で、「幅広い職業人の養成」「社会貢献」など7分野を例示している。

 大学が得意分野に重点化していくことは、経済同友会や日本経団連がまとめた人材育成に関する提言でも求めている。

 ただ、分野別の例は、もっと具体的に示すべきではないか。最終報告までに練り上げてほしい。

 中教審は、大学や短大とは別に職業教育に特化した新高等教育機関の検討も打ち出しており、職業教育を目的の一つとする短大は存在意義が問われている。

 特色作りも必要だが、4年制大学への転換や再編・統合をもっと積極的に検討してもよい。

 18歳人口は、今後も10年間程度は120万人前後で推移する。定員割れが続けば、経営破綻(はたん)の危機は高まる。文部科学省は、在学生が保護される仕組みなど破綻処理策を考えておく必要があろう。

讀賣新聞 2009年8月4日

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大学発ベンチャー  活力の芽、地域挙げ育成を

 大学の教員や学生らが起業して、研究成果や発想を事業化する大学発ベンチャー企業の設立が伸び悩んでいる。大学は京滋経済の活力の源泉であり、ベンチャーには経済の閉塞(へいそく)感を打開する役割が期待される。地域社会を挙げて育成すべきだ。

 経済産業省の昨年度の「大学発ベンチャーに関する基礎調査」によると、今年3月末現在で国内に1809社あり、2001年度の約3・2倍になっている。しかし、新設数をみると、04年度の247社をピークに年々減少し、昨年度は54社に落ち込んだ。

 京都府内は全国5位の102社、滋賀県内は12位の40社。京滋を合わせると、神奈川、大阪、福岡を抜き、トップの東京都(432社)に次ぐ多さとなる。しかし新設数は、京都ゼロ、滋賀は2社だった。京都の支援機関の担当者も「IT(情報技術)ベンチャーが続出した98、99年ごろの熱気を今は感じない」と心配する。

 大学発ベンチャーには、イノベーション(革新)の担い手として期待が大きい。90年代後半、バブル崩壊後の長期不況から抜け出せない政府は、ベンチャーを振興した米国を見習い、経済再建のてこにしようとした。

 国公立大教員の兼業規制緩和や大学技術移転促進法の施行で環境を整え、01年に3年間で大学発ベンチャーを1千社に増やす「平沼プラン」を打ち出した。公的融資制度が拡充され、技術移転機構や拠点を提供するインキュベーション施設なども相次いで誕生し、目標は03年度に達成した。

 とはいえ、ベンチャーを生む起業家精神が根付き、起業を評価、応援する社会風土が形成されたとはいいがたい。さらに金融・経済危機の影響で、創業や開発資金の調達が難しくなり、製品やサービス需要も減退して、環境は厳しくなっている。

 京都には、産学連携の長い歴史がある島津製作所や大学発ベンチャーの堀場製作所など、大学から知的資源や人材供給を受けながら成長した企業が多い。大学発ベンチャーは京滋経済に新たな活力を吹き込む可能性を持つ。地元企業も積極的に支援すべきだ。

 まず販路確保の支援から始めてはどうだろう。ベンチャーは、資金調達や人材確保と並び、販売先の開拓に悩んでいる。売れなくては経営が成り立たない。地元企業にとっても、協力関係が共同開発や新規分野進出に発展すればメリットになるはずだ。

 先月、京都大発ベンチャー15社が交流会を開いた。起業家の体験談が学生の刺激になるとともに、ユニークなベンチャーの存在が参加者を驚かせた。

 京滋のベンチャーもこぞって集う場が必要だろう。存在感を示して企業との連携などを深め、新しいビジネスの芽を大きく育ててほしい。

京都新聞 2009年8月3日

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18歳成人 環境の整備が先決では

 「成人年齢を18歳に引き下げるのが適当」と言われても、「そうかな?」と首をかしげる人が多いのではないか。政府の法制審議会の部会がまとめた、民法の成人年齢引き下げへの最終報告である。

 昨年末の中間報告では引き下げ賛成と反対の両論表記だったし、最終報告でも「選挙権年齢が引き下げられたら」という前提が付いている。米国や欧州諸国並みに18歳にそろえるにしても、国民的な合意へ向けた環境の整備が先決だろう。

 成人を20歳に決めたのは1876年の太政官布告。ただ今回の年齢引き下げは当事者から要望があって法相が諮問したわけではない。直接のきっかけは、憲法改正手続きを定めた国民投票法が2年前に成立したことから。その投票権が18歳以上とされ、付則で来年5月の施行までに公職選挙法と民法の規定も引き下げるよう検討すると定めたためだ。

 韓国などを除けば海外では18歳の国が多い。欧米では1960〜70年代に引き下げ、背景には徴兵年齢の絡みがあったとされる。ベトナム戦争などで若者に兵役義務を課す代わりに権利も与えよう、というわけだ。戦争放棄をうたう憲法9条のある日本とは事情がかなり異なる。

 もちろん、早い段階から「おとな」として認め、社会に関心を持ち、経済的にも自立を促すことが有意義であることは言うまでもない。ただ「将来の国づくりの中心としていく」ためには、高校生のころから政治に関心を持てるような教育をするなど、まず学校現場の意識変革が不可欠だろう。

 加えて消費者としての教育などにも力を注ぐことが大切だ。通信販売などでトラブルに巻き込まれた相談件数は昨年度20歳で1万4千件余。19歳では約6千件だから実に倍以上になる。18歳で親の同意なしに契約できるようになれば、今まで以上に若者が悪質業者の標的になることは目に見えている。

 昨年の内閣府世論調査でも、親の同意なしに契約ができる年齢を18歳に引き下げるのに反対と答えた人は80%近い。それだけ懸念が強いということだろう。

 成人年齢を変えれば、300を超す法令に影響が及ぶという。飲酒や喫煙など、すべての年齢を一律にしなければならないとは思えない。当事者の若者も交えて、じっくり論議を深めることが肝要だ。

中国新聞 2009年8月2日

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成人年齢18歳 国民の合意形成が前提だ

 法相の諮問機関である法制審議会の部会が、選挙権年齢の引き下げを前提に「民法の成人年齢を18歳に引き下げるのが適当」とする最終報告書をまとめた。

 9月の法制審総会で承認されれば、法相に答申される見通しだ。

 民法の成人年齢は1896(明治29)年に20歳と定められて以降、国民生活に深く根を下ろしてきた。

 法制審部会は、それを引き下げることで「若者を将来の国づくりの中心とする強い決意を示すことができる」と意義を強調する。

 海外の成人年齢の主流が18歳となっていることも、引き下げ容認の判断を後押ししたのだろう。

 確かに18、19歳の若者を「社会・経済的に独立した主体」として位置付け、彼らの意見を政治に反映させる仕組みを整えることは、少子高齢化が急速に進展する中で理にかなったものだと言えよう。

 若者の自立を促し、社会的責任について深く考えるきっかけにもなるに違いない。

 しかし、現時点でどれだけの国民が18歳成人を現実的なものとしてとらえているだろうか。

 内閣府が昨年7月に行った世論調査では、成人年齢の引き下げに対する抵抗感が浮き彫りとなった。例えば、親の同意なしにアパートを借りたり、ローンを組んだりする契約ができる年齢を18歳とすることに8割が「反対」と回答している。

 これでは、18歳成人に対する国民の合意形成ができているとは到底言えない。

 また、悪徳商法被害に遭わないための消費者教育の充実、自立が困難なニートや引きこもりの若者への支援策、成年と未成年が混在する高校3年生への生徒指導のルールづくりなど、成人年齢を引き下げるために欠かせない社会的な環境整備は全くといっていいほど進んでいないのが実情だ。

 民法の成人年齢規定が改正されれば、少年法や国民年金法、競馬法など300本を超える法令が見直し対象になる。影響は極めて大きい。

 結婚に始まり、契約、選挙、飲酒、喫煙など国民生活は根本から変革を迫られる。

 だからこそ法制審部会も、民法改正の前提条件として選挙権年齢の引き下げを求め、法改正の時期についても「国会の判断に委ねる」とした報告書をまとめたのだろう。

 成人年齢の引き下げをめぐる審議は、2007年に成立した憲法改正のための国民投票法が投票年齢を18歳以上と規定し、成人年齢についても来年5月の法施行までに合わせるよう求めたことで始まった。

 だが、国民投票法の成立後に国会で成人年齢引き下げをめぐる議論が活発に行われた形跡はなく、前提とする公職選挙法改正案も国会提出の見通しは立っていない。

 こうしてみると、国民投票法の施行までに何が何でも具体化しなければならない必要性は感じられない。将来に禍根を残さないためにも、社会的な環境を整え、国民の合意形成を図った上で成人年齢の引き下げに踏み切ればいいのではないか。

徳島新聞 2009年8月2日

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学テ結果 公表は市町村が責任持て

 またぞろ、結果公表の動きが強まるのか。国が小学6年と中学3年を対象に実施する全国学力テストのことである。

 大阪府教育委員会は2007、08年度に行われた学力テスト結果をめぐる情報公開請求に対し、市町村別の成績(平均正答率)を開示することを決めた。

 府の情報公開審査会が全面公開するよう答申したのを受けた措置である。開示は8月上旬になる見込みという。

 文部科学省はテストの実施要領で、都道府県教委が市町村別成績などを公表することを禁じており、市町村名を明らかにしたうえでデータを公表するのは大阪府教委が全国で初めてだ。鳥取県教委は本年度から、市町村別に加えて学校別のデータも公表する決定をしている。

 市町村教委の意向を考慮しない、こうした公表の仕方が広がることに懸念を覚える。学力テストの参加主体は小中学校を直接運営する市町村教委であり、結果を公表するか否かは、市町村教委が責任を持って判断するのが筋だからだ。

 市町村別成績をめぐっては昨年、大阪府の橋下徹知事が、公表に反対した一部自治体を除いたものの、全国で初めて公表に踏み切り、秋田県も続いた。

 いずれも、府教委、県教委とは別の知事判断だったが、今回は違う。府審査会の答申に強制力はなく、大阪府教委の自前判断だ。しかも、公表に反対してきた自治体の結果も開示するという。「強権的な手法」(吹田市長)が果たしていい結果を生むか、はなはだ疑問である。

 文科省が都道府県段階で市町村別や学校別データの公表を禁じているのは、序列化や過度の競争を招くことへの危惧(きぐ)があるためだ。一方で、秋田県などすでに公表したところで、すぐに序列化などが表面化しなかったのも事実だろう。

 だからといって、もろ手を挙げて賛成するわけにはいかない。一連の動きからは、成績公表をてこに市町村や各学校を競わせる狙いが透けて見える。

 市町村教委や学校が子どもの学力状況を把握し、指導改善に役立てる。これが学力テスト本来の目的だろう。競い合いを一概に否定はしないが、都道府県教委は市町村教委に対し物心両面からの側面支援にこそ精力を注いでもらいたい。

西日本新聞 2009年8月1日

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