0560生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度

 

 

164国会 衆特別委 第3回(524日)

○藤村委員 一般的な教養というときには、今小坂大臣おっしゃったような、生と死の云々とかいうことは全然入りませんよ。つまり、キリスト教はいつどういう方がやってきてという事実、これが一般的教養であろうと思うんですね。しかし、単に現行法の宗教のところにちょこっと一般的教養を入れられただけで問題は全く解決しないんです。我々は「生の意義と死の意味を考察し、生命あるすべてのものを尊ぶ態度を養うことは、教育上尊重されなければならない。」とし、…新しい二十一世紀型の考えを示したところでございますが、小泉総理のお考えをお伺いしたいと思います。

○小泉内閣総理大臣 …やはり命の大切さ。映画やテレビゲームの中で出てくるように、一度死んだ人間がまた生き返ってくるということはないんだというようなことについては、やはり今のさまざまな時代の変化なのかなと思う面もあります。そういう点について、宗教というのはそれぞれ人の心のありようですから、私は、宗教心を持つということは大事だと思っています。
 それは、人間は万能ではないという、自然に対する恐れ、畏敬の念を持つ。人間よりもっと大きな力があるんだ、人間というのはこの地球の中で生かされているんだ、多くの人々によって支えられているんだ、人間が万能ではないというのは、やはり宗教の持つ大きな力もあるんじゃないかと思っておりますので、それぞれがどういう宗教を持つ、信条を持つということは自由でありますけれども、そういう点も教育の中で、子供たちに命の大切さ、お互いを尊重し合うということを教えていくことは大事だと思っております。


○小坂国務大臣 今、総理からお答えをいただきましたように、私も、子供たちが生きることのとうとさや死の重さということをしっかり把握していただくことは重要なことだと思っております。
 このために、現行の学習指導要領におきましても、例えば小学校の道徳の時間において、命はかけがえのないものであること、これを知って、また自他の生命を尊重すること、そしてまた人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深めること、これらは指導しているところでございます。
 このように、生きることのとうとさ、死の重さを知ることを通じて命の大切さを理解し、そして尊重する態度を育てるための教育を行ってきているところでございまして、今回の法案におきましても、第二条の第一項において豊かな情操、そして命をたっとびということが規定をされているところでありまして、こうした改正の趣旨を踏まえて、これまでの指導を基盤として、このような教育が各学校において一層適切に行われるように私どもも努めてまいりたいと存じます。

 

164国会 衆特別委 第8回(62日)

○土肥委員 …生命と宗教を結びつけたところにこの法案の特徴があると思うんです。死、あるいは生と死、それと宗教が結びつくのは当然でございます。そのために宗教があると言ってもいいくらいであります。ですから、政府案というのは、そういう宗教の持つ根源的な課題、根源的な意味を本当に理解して書かれたものとは到底思えないのでございます。
 しかし、宗教教育というのは、やはり難しいけれども、生身の体を持っている子供たち、そして、それを取り巻くいろいろな状況、教育審議会が言っているようなとんでもない状況が今起こっているわけでありますから、やはり子供たちの生と死に着目して、その視点から宗教教育を考えていくときに、私は無限大の宗教教育が可能だと思っております。そういう意味も込めまして、民主党の案については大変すぐれたものだと私は思うわけでございます。

 

○小坂国務大臣 …私は、現行法、また現行法に基づきます学習指導要領におきましても、例えば小学校の道徳の時間では、命がかけがえのないものであることを知り、自他の生命を尊重すること、人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深めること、また、この世に生きることのとうとさ、死の重さを知ることを通じて命の大切さを理解し尊重する態度を育てるための教育、こういう指針を示しておるわけでございまして、こういった尊重する態度を育てるための教育を行っていると認識をいたしております。
 また、今回の法案におきましても、豊かな情操をはぐくむあるいは命をたっとびということが規定をされているところでございます。紹介するまでもないと思いますが、二条の中に明確に規定をしてきているところでございまして、教育の目的としてそれは明らかにして、四号において、「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。」として、命というものについて考える、そういう規定を盛り込んでおります。


 

164国会 衆特別委 第9回(65日)

○牧委員 …我が国の人工妊娠中絶の事例、実態について、とりわけ未成年、特に中高生の実態について、厚労省からお聞かせをいただきたいと思います。

○北井政府参考人 人工妊娠中絶件数の推移についてのお尋ねでございますが、人工妊娠中絶は、昭和三十年代におきましては百万件を超えておりましたが、一貫して減少してまいりまして、平成十六年度には約三十万件の手術がなされていると承知をいたしております。
 さらに、年代別の実施状況を見てまいりますと、三十代以上の方については一貫して減少しておりますけれども、未成年者につきましては逆に増加をいたしてきておりまして、これまでのところ、平成十三年度にピークを迎え、その後三年間においてはようやく減少傾向が見られるところでございますが、平成十六年度の数字では、二十歳未満の中絶件数、約三万五千件となっております。

○牧委員 つまりは、昭和三十年代から減少傾向にあると。これはわかるんですね、やはり経済的な事情やらいろいろ当時はあったんだと思います。ただ、やはり聞き捨てならないのは、未成年者は逆にずっとふえてきたということで、三十代あたりが一番多かったのが、今やもうそれを十代の人たちの件数が抜くというような、本当に憂慮すべき状況に現在あるわけです。
 これを、では、教育の現場ではどのような指導をしているんでしょうか。

○素川政府参考人 お答え申し上げます。
 人工妊娠中絶は、その心身に与える影響が大きいだけでなく、繰り返すことによりまして不妊症の原因の一つになるといった危険性も指摘されておりますし、重大な問題だと考えております。
 現在、高等学校の保健体育科におきましては、健康な結婚生活について理解させるとともに、人工妊娠中絶の心身への影響などにつきましても理解できるようにするということにしておるところでございます。

○牧委員 いや、全く、大臣がどう思われるかはわからないんですけれども、私は本当に寒い思いがいたしました、今のお話を聞いて。それは、体にいいわけない。そんなことぐらい、学校で教えなくたって本人だってわかるでしょうし、家庭でもまず一義的には指導する義務もあろうかと思うんですけれども、どうしてそういう事態になっちゃいけないのか、もうちょっと根っこの深い倫理的な部分も私は学校できちっと指導すべきだと思うんですけれども、猪口大臣、どう思われますか。

○猪口国務大臣 先生にお答え申し上げます。
 特に若年層の人工妊娠中絶の割合が多いということについて、深刻な問題と受けとめておりまして、発達段階に応じました適切な性教育の実施が必要であるというようなことは、男女共同参画基本計画の第二次版においても指摘しております。
 また、出産を望みながら妊娠について悩んでいる者に対する相談支援体制、非常に重要ではないかと考えております。適切な学校現場におきます性教育と、さまざまな支援体制、相談体制を強化する、そして、家族についての考え方もあわせてよく考えてもらうというような教育の仕方について推進していくことが必要であると考えております。

○小坂国務大臣 先ほど局長の答弁がありましたけれども、高校での教育の前に、小学校、中学校で命の大切さというものをどう教えているかということがやはりその根幹にあるんだと思うのですね。我々が妊娠ということについてどう教えるかということです。
 それはすなわち、人間としての生命の芽が生まれたということですよね、育ったということです、それを摘む行為が中絶ということになるんだ。そのためには、母体の保護とかいろいろな理由があると思います、そういったものをしっかり理解した上でなされるべきものであって、安易に生命の芽を摘むようなことをしてはならない、そういう倫理観をまず植えつけること。それをしっかりと植えつけていけば、おのずから、そういうものに対しての尊重、そしてまた自然の摂理というものに対しての畏敬の念というものが出てくる。そういう中から正しい判断というものが培われてくると思いますから、やはりその根幹にあるものは、命というものに対して、生と死というものに対してしっかりとした考え方を養うということだと思います。

○牧委員 今、大臣のお話を聞いてややほっといたしましたけれども、私は、やはりそこら辺の、今のお話、これは大臣のひょっとすると希望的な観測というか、恐らく学校現場ではそういうこともきちっと教えているであろうという、あくまでも推測の範囲かもしれません。
 実際に教科書を見ても、先ほどの局長のお話あるいは猪口大臣のお話を聞いても、ただ通り一遍の性教育だけなわけですよ。今の大臣のお話はもうちょっと別の観点ですね。これは学校のカリキュラムで言うと、今の大臣のお話、いやいやと言うけれども、どこに入るんでしょう。今の大臣のお話は性教育とは違うと思います。どこに入るんですか。

○小坂国務大臣 小学校そして中学校の学習指導要領の道徳では、現在、「生命がかけがえのないものであることを知り、自他の生命を尊重する。」自他というのは、人ということに限らず、人類のみならず他の生物に対してもという意味だと思いますが、同様の記述が中学校の学習指導要領にもございます。
 このような点で、「自然の偉大さを知り、自然環境を大切にする。」すなわち、人知を超えたものに対する畏敬の念というものを学ぶと同時に、命のかけがえのなさというものを教える、このようになっております。

○牧委員 そのとおり本当にきちっと教育していただきたいと思いますし、やはり教育基本法にそこら辺のところをきちっと位置づける必要が私はあると思います。
 一つの明確な価値判断をやはりこの教育基本法の中に示していただきたい。そうしなければ、これは、人に迷惑さえかけなければ何をやってもいいのか、あるいは法律に触れなければ何をやってもいいのかという次元と、倫理、道徳というのはやはり違うんだと思います。その価値判断をするための基準というもの、価値判断をするための座標軸というものがなければ、その価値の判断をできないんだと思うんですね。そのために、宗教的な感性、宗教的な情操を、これは特定の宗派だとかいうことではなくて、やはりきちっと教えていくことが私はできるんだと思います。
 昔は、おてんとうさまに顔向けできないとかいう言葉もありました、今は余り使わなくなりましたけれども。まさにそういう感性だと思うんですけれども、大臣、いかが思われますか。

○小坂国務大臣 今回の基本法におきましては、教育の目標として、第二条の一項に「幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、」その後に「豊かな情操と道徳心を培うとともに、」と記述し、また第四項において「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養う」、こう規定しております。
 そしてまた、これらを推進するために、教育振興基本計画というものを第十七条で規定しておりますが、この教育振興基本計画の策定等に当たりまして、今委員が御指摘になったような具体的なもの、指導計画を立てていくということ、そしてそれを受けて、学習指導要領の中でさらに、先ほども申しましたようなところに、委員のような御意見も踏まえながら記述をしていくことになる、このように考えております。

 

 

164国会 衆特別委 第7回(61日)

○保坂(展)委員 …この教育基本法の議論、いろいろ幅広いんですけれども、きょうは総理にも来ていただいているので、実は、きょうは六月一日でございます。二年前に佐世保で痛ましい事件が起こって、ちょうど二年たつわけであります。二度とああいう事件が起こらないように、これは立場を問わず、親たちの、そして教育関係者、あるいは政治にかかわる者すべての共通の気持ちだと思います。
 ただ、実は、命の教育、命の大切さということをどうやって子供に伝えていったらいいのかということについて、いろいろ考えさせられる出来事が起こっておりまして、例えば、あの事件が起きた、二年前でございますけれども、十月三十日、事件から四カ月後に、長崎県の五島市の十一歳の小学校五年生が、道徳の授業で命の大切さについて作文を書いているんですね。「苦しい時に笑って生きるのは素晴らしい」と書いて、翌日、命を絶ってしまった。これは、なぜこういうことになったのか深くはわかりません、また、大きく報道された事件でもございませんから。
 ですから、子供たちが非常に命について希薄に、自分は生きているんだということを実感し得ない状態というのは、必ずしも、先生が命は大切なんだよということを教える、あるいは指導要領に盛り込むとか、そういう問題ではないんじゃないか。むしろ、子供たちが今楽しいというふうに実感できるような場面や、例えば子供たち自身の生活をもう一回検証してみると、そこらに問題があるんじゃないか。
 分刻みのスケジュール、都会ではもちろんですけれども、地方でも子供たちはかなり忙しくなっています。自由で、自分自身を回復していける時間というのは、案外、今の子供たちは、子供だから自由だろう、遊べるだろうというけれども、そんなこともないんですね。
 総理、その辺のことを、自分の子供時代のこともおっしゃっていますので、どうお感じになったか、お話しいただきたいと思います。

○小泉内閣総理大臣 どういう感じになったかというのは、質問の趣旨に答えているかどうかわかりませんけれども、私は、まず、学校に初めて行く生徒にとって大事なことは、先生が子供たちをしっかりと受けとめて認めるということ、学校に来るのが楽しい、そういう雰囲気を先生がつくること、そして、学ぶことの楽しさを理解してもらうこと、生徒にとって。その前にもっと大事なことは、子供が、親から、周りから、自分は愛されているな、受けとめられているな、認められているなということを持つことが一番大事だと思っています。
 それを、本来、子供は愛されるべき存在でありながら、最近、親の一部の中には、虐待するという、もう人間にあるまじき行為をする大人、親が出てきたというのは憂うべき事態でありますけれども、まず大事なことは、この世に生まれてきて、ああ、自分は周りから愛されているんだな、そういう心持ちをしっかり持ってもらうような周りの大人たちの環境、学校に行ったら、学校は楽しい、学ぶことは楽しい、それが教育の大前提だと私は思っております。

○保坂(展)委員 命の大切さについて、授業や作文ということで迫るスタイルがあるわけですけれども、それだけではやはり子供の日常に届かないし、心にも届かないのではないかという趣旨で今のお話を紹介したんですね。この点についてどうお考えか、お願いします。

○小泉内閣総理大臣 文章で書く能力というのも急にはできませんし、自分の気持ちを作文しなさい、文章で書きなさい、この能力を身につける場合でもかなり大変ですよ。そういう能力を身につけるということも教育の過程の中では大事ですけれども、その文章を書いた後にすぐ自殺したという例を出されましたけれども、それもどういう事情があったか私はわかりません。さまざまなその生徒の環境があったと思います。今、その生徒の心の中まで私はそんたくする能力もないし、立場でもない。
 しかし、命の大切さを知るということの原点は、この世に生まれて、ああ、自分は認められているな、受けとめられているな、愛されているなという感情をまず持ってもらうような大人の対応、周りの環境、これが一番大事だと思っております。

○保坂(展)委員 「苦しい時に笑って生きるのは素晴らしい」というその文章に私は非常にショックを受けております。

 

 

164国会 衆特別委 第12回(68日)

○山田委員 長崎の西浦上中学で起きた種元駿ちゃん事件も、そして同じ長崎の佐世保の大久保小学校の事件も、私も長崎県選出の代議士なものですから、こんな分厚い資料を送ってまいりました。その中には、いわゆるチャットというんですか、メールの、そういったものをだれがどれくらいやっているかとか、そういう分析とか、今大臣がおっしゃったようなことはすべて書いてあったわけですが、しかし、これで本当にその原因がつかめているのか。私はそうは思いません。
 私がきょう配付しました資料一を見ていただきたいと思います。
 この写真です。この写真の中に、これは平成九年の五月二十五日の酒鬼薔薇聖斗事件の学校の塀が見えますが、そこにいわゆる子供さんの首がのせられてあったという大変痛ましい、学校を日刊スポーツが当時撮った写真なんです。この写真を、これらのことをこの中に見ていただきたいんですが、玄関の下にプランター、植木鉢があります、ところがここにはもう半年も一年も前の枯れた花しかありません。見てください。ここを、小坂大臣と同じ長野県の、上田市の大塚貢教育委員長が行って、つぶさに見てきた話を聞いたところ、全く学園を歩いても花が一つもなかった、花がなかった、殺伐としておったということです。
 その下の写真を見てください。これは、佐世保市の怜美ちゃん、残念ながら同じ小学校六年生で亡くなってしまいましたが、この怜美ちゃんのいた大久保小学校です。ここも、本来なら花が咲き乱れているところです。前が五月ですから。あの友が丘中学校ですね。下の写真、これも同じ、六月の五日なんです、この写真を撮ったのが。これは毎日新聞が撮った写真ですが。これも全体像なんですが、見ていただきたいと思います。六月なら花が本当は咲き乱れていなきゃいけないんです。全く、公園に花一つありません。その中に、もう一つ気をつけていただきたいんですが、手前のところに滑り台があります、一個。この滑り台しかなかったというわけです、子供の遊ぶところは。
 子供にとって大事なのは、美しいものを美しいと体を通して言えるような心。きょう本会議場で亀井先生の追悼の詞にありましたが、美しい心と書いたお孫さんの書を大変大切にしておられたと。そういう、美しいものを美しいと思えるような心、そして、いわゆる生き物を大切にする心、こういったものが全く欠けておった。
 この大塚貢教育委員長の話ですと、子供の事件が起きると必ず私は一週間か二週間以内に行きますと。行って、見てみると、すべてこのように花一つない状況の学校が多いということなんです。いわゆる教育の最も大事なのはこういうところじゃないかと。そう思います。
 次のページの写真を見ていただきたいと思います。これは教育委員長が、これまで真田町の教育長をなさっておったわけですが。B小学校、ここは本当にきれいに花が植わっております。次の二枚目の写真ですが、A小学校。ここは、都市部の小学校ではよくあることですが、コンクリートだけの学校。そういったところで、花をつくるような広さもないところ。ここを、上の写真にありますように、一つ一つのプランターに見事に花が咲いておりますが、これは子供たち一人一人が、一つの植木鉢を、土づくりから、花の種から咲くまでやったということなんです。
 では、そのような結果、どういう学校になっていったかということを少し話させていただきますと、大塚先生が行った中学校で、校長として行ったときの話ですが、クラブの部室で、体育クラブですけれども、床は土が見えないくらいにたばこの吸い殻がいっぱいあった。中学校でです。これは、小坂大臣、長野県の話です。荒れた学校だったわけです。そして、夜中に暴走族が学校の廊下をバイクでぎゅうっと走って、そして、廊下にはタイヤ痕がいっぱいあったというんです。
 そこで、花ももちろんなかったんですが、花をその先生が植えられていった。最初、その花が潰されたというんです。それを植えかえて植えかえていったら、四月に赴任して、校長さんですね、七月になったら、もうその花園に入る人がいなくなった。みんながやはりきれいなものをきれいとして感ずるようになったという話ですね。
 そして、どうなったかといいますと、この学校で、それまでの荒れた学校の、いろいろなむちゃくちゃな子供たちがいっぱいいたわけですが、それがなくなったというわけなんです。全くなくなったというわけです。そして、みんなが花をめでるようになって、土曜日も日曜日も家族連れで学校に来て、花に水をかけるようになったというわけです。
 実は、このことなんですが、今、子供担当大臣、お聞きになったと思いますが、そういう本当のところの原因は、今文部大臣が言ったことではなく、心の問題。
 その心の問題なんですが、自民党の今回の教育基本法には、そういった美しいものを美しいと思えるような教育について、何も触れられていないと思いますが、いかがですか。

○猪口国務大臣 今、先生のお話、本当に私聞き入ってしまいました。非常に重要な御指摘をされたと思います。私も教育委員を務めていたことがございますので、小学校、中学校を美しく花で飾っていく、そして育てていく、そういうことの重要性は十分に認識しているつもりでございます。
 政府提出のこの教育基本法案でございますけれども、実に全般においてそのような考え方を書いているとは思いますけれども、より具体的には、例えば二条四号、「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。」これなどには端的に、そのような表現がとられております。
 また、先生の御指摘のところは、例えば家庭教育においても、どのような小さな空間でも花をめでるというような部分も含まれるかもしれません。明示的にそれぞれの条文の中に書いてはいなくても、教育全般の目標のところに、今お伝えしましたようにこの二条四号のところに書いているということで、教育全般において、そのような生命をたっとび、自然を慈しむ、環境を美しく保つという考えはあらわれているものと考えます。

○山田委員 確かにこの中の、教育の目標の第二条、私もつぶさに読んでみましたが、「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養う」と。「態度を養う」とあります、これは。態度が先か、心が先かということは別にしましても、これでは私はどうかなと思うんです。
 もう一つ例を挙げさせていただきますと、先ほど小坂大臣がいわゆる家庭内の環境あるいは地域の状況、そういったもので非行に走る子供が多いと指摘されておりましたが、私はそうじゃないんじゃないかと。
 実は、やはり私もこういうお話を聞いたわけです。父親に女の人ができて、母親にも男ができて、そして家庭が崩壊した。その子供二人を預かった先生のお話なんです。兄弟二人ですね。その中で、先ほど言ったように非常に荒れた学校が全くたばこの吸い殻もなくなってきれいになった、花がいっぱいになった。その学校を卒業した子供は、もう小学校のときからたばこを吸って、暴力団とつき合って、それはそれは大変な非行の少年だったけれども、それから本当に立ち直った。家族だけの問題ではないと。一方、そのお兄さんの方は、学校のときは非常にまじめだったけれども、ちょうど中学校を卒業するときに荒れた中学だった、そのままだった、その後非行を繰り返したというんですね。
 だから、非行を繰り返すか繰り返さないかというのは、やはりその家庭の崩壊とか地域がという、そういう問題ではなく、心の問題、美しいものを美しいと思う心の問題だと思うんですが、民主党案ではその点についてどのようにお考えか、お聞かせ願えればと思います。

○高井議員 御指摘いろいろとありがとうございます。
 まさに、民主党の日本国教育基本法案には、前文にその文言が盛り込まれております。読み上げますと、「我々が目指す教育は、人間の尊厳と平和を重んじ、生命の尊さを知り、真理と正義を愛し、美しいものを美しいと感ずる心を育み、創造性に富んだ、人格の向上発展を目指す人間の育成である。」このような美しい文章をこの委員会室におられるすべての皆様が自然に美しいと感じていただけるような教育のあり方も大事であろうというふうに考えております。
 この文言が盛り込まれた経過については、現代の、今ほど来御指摘がございました子供たちの心、そして大人の心も含めて、今の教育の中で何が欠けているのだろうという観点からさまざまな意見がございました。そこに求められる感受性の豊かさを、ごく自然に、素直な表現として、このように取り入れたものでございます。

 

 

164国会 衆特別委 第6回(531日)

○やまぎわ委員 自由民主党のやまぎわ大志郎です。
 まさにこの二十一世紀の土台、日本の土台をつくる議論、これに参加をさせていただいていることに、本当に重たい責任と、そして身の引き締まる思いをしているところでございます。
 私自身の活動をしていく上でのテーマというものは命でございまして、その命というものに対する尽きない興味というものがあるがゆえに、実は私は前職は獣医でございましたが、獣医学というものも学びました。また、それが高じて、地球四十六億年の歴史の中で最も大きい動物である鯨、これも、鯨はあれだけ大きくても命はたったの一つしか持っていないんですね。これに非常に大きな興味を抱きまして、その鯨の研究で学位も取らせていただきました。
 そういう、私自身がいつもいつも見詰め続けてきている命というもの、そういった視点から今の世の中を見たときに、本当にこんなに命というものが軽んじられていいんだろうか、こんなに命というものが粗末に扱われていいのかな、こういう問題意識をずっと持ちながら私は生きてまいりました。
 そして、結論として、やはりもう一度、命というものの大切さを当たり前のものとして認識して、そしてその認識に基づいて行動ができる、そういう日本人をつくり直さない限り、本当に日本はだめになってしまうんじゃないか、そんな危機感を持って、だとするならば、もう一回そういった人づくりの仕組みをつくり直すということをやらなきゃいかぬだろう、そんな思いを持って私は政治家になりました。
 ですから、今回のこの教育基本法の改正というのは、まさに私自身が政治家を目指したその基本理念、人づくりの仕組みをつくるための一丁目一番地でございます。本当にそういう意味で身が引き締まります。
 そんな中で、きちっと今回の改正案の中に生命の尊重ということが書かれているわけであります。私は本当にこれは高く評価したいと思いますが、この第二条の中に生命の尊重というのが書かれている、では、このすばらしい理念が書かれたことを受けて、実際に学校あるいは社会の中でどうやってこの理念というものを具現化していくのか、これは非常に難しい問題だと思うんですね。この点について、大臣はどうお考えになっているかということをまず最初に教えていただければと思います。

○小坂国務大臣 やまぎわ委員が命の大切さというものについて述べられましたけれども、私も、命の大切さというものをしっかり教えていくということは、人間として生きていく上で最も大切なことの一つだと思います。
 環境問題が地球的な規模で大きな課題になっている今日に、人は自然の中で生きているものであって、自然を尊重し愛するとともに環境の保全に積極的に取り組むことが、人間などの生命あるものの命を守り、慈しみ、そして持続可能な社会を形成することにつながるということを理解させる意味でも、命ということをしっかり教えていくことは大変大切なことだと思っております。
 教育基本法において、これらの理念を踏まえまして、ただいま御紹介をいただきましたように、新たに、命をたっとび、自然を大切にし、そして環境の保全に寄与する態度を養うことを規定したものでございまして、現行の学習指導要領において、例えば、命の尊重については、小学校の道徳の中で、「生命がかけがえのないものであることを知り、自他の生命を尊重する。」ことなどを指導することとしていること、また、自然を大切にすることや環境の保全については、小学校の理科において「自然環境を大切にする心やよりよい環境をつくろうとする態度をもつようにすること。」などを指導することとしているわけでございます。さらに、小学校の生活科や道徳においては、動物や植物を大切にすることなどを指導する際に、地域や学校の実情に応じて動物を飼育して学習指導に役立てている。
 また、今後の改正の趣旨を踏まえた上での学習指導要領の見直しに際しましてはこれらのことを検討するということで、各学校においてこれらの教育が一層適切に行われるように努めていく必要がある、このように思っております。



164国会 衆特別委 第12回(68日)

○斉藤(鉄)委員 そのこととも関連しますが、これ全体の意味、「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度」、もう少し具体的に掘り下げてここを定義していただきたいと思います。

○田中政府参考人 生命をたっとぶ態度とは、例えば、動物を飼育したり、あるいは植物を育てたりする体験を通じまして、生き物への親しみを持ち、これを大切にしようとする態度をはぐくむこと、あるいは自然を大切にする態度とは、人の手が加わっていない自然をむやみに破壊したりせずに可能な限り維持保全しようとする態度、また環境の保全に寄与する態度につきましては、国内にとどまらず地球規模で環境問題が重大となり、さまざまな環境を保全する活動が行われている中で、みずからがその活動に参加する、そして、間接的にでも、その考え方に共感し、自分の範囲内で貢献をしていくことも含めまして寄与しようとする態度を指すものと考えておるところでございます。

 

164国会 衆特別委 第12回(68日)

○斉藤(鉄)委員 次に第四号、「生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。」ということでございますが、この「生命を尊び、自然を大切にし、」というのは、第一号の「豊かな情操と道徳心を培う」ということとも深い関連がある、このような御答弁もございました。
 生命及び自然、この第四号の文章と第一号の豊かな情操という言葉、この関係性を問います。

○田中政府参考 法案の第二条第四号では、教育の目標として、主として、生命や自然、環境を大切にし、自然との共生を図るために必要な態度を育てるという趣旨のものでございまして、この生命をたっとび、自然を大切にする態度を養うとは、人間だけでなく、さまざまな生命あるものを守り、慈しみ、自然と親しんで豊かなかかわりを持つ態度を養うという趣旨でございまして、このことは、法案第二条第一号に規定する、豊かな情操を培うことにもつながるものであると考えておるところでございます。