教基法改正情報センター<解説>

文科省「全国学力・学習状況調査」をどう考えるのか?(暫定版)

 

2007年4月10日

 

1 文科省は「(平成19 年度)全国学力・学習状況調査」(以下,新学力テストまたは新学テ)の目的をどのように説明しているのか?

 

 「新学テ」広報用リーフレットによると,2つの目的が想定されています。第1の目的は,「全国的な義務教育の機会均等と水準向上のため,児童生徒の学力・学習状況を把握・分析することにより,教育の結果を検証し,改善を図る」ことです。また第2の目的は,「各教育委員会,学校等が全国的な状況との関係において,自らの教育の結果を把握し,改善を図る」(傍点引用者)ことです。つまり,子どもたちの学力を計測することによって国レベルおよび地方教委・学校レベルの教育施策・実践の改善へのフィードバックを得ようというわけです。

 「学力低下」への懸念,国際的な学力調査における順位低下といったニュースがここ数年マスコミを賑わせてきたこともあり,こうした目的は,一見するともっともらしく思われます。しかし問題は,出題内容や実施形態との関係で,本当に「教育活動の改善」という目的が達成されるのか,それとも表面上の「目的」とは別のものが実現するのか,ということです。

 周知のように,文科省は「新学テ」について,原則は悉皆(しっかい)調査,すなわち,対象学年のすべての子どもたちが参加するものにしようとしています。現在のところ,国公立学校では,市教委が参加拒否を表明している愛知県犬山市の小学校10校・中学校6校を除くすべての小・中学校および特別支援学校が参加予定です。しかし,私学については6070%台の参加率です。そこで文科省は,調査実施直前まで参加を可能にすることで参加率を向上させようとしています。

 

2 本当の目的はどこにあるのか?−文科省が「全員参加」にこだわっている本当の理由−

 

 そこで問題になるのは,なぜ文科省がそこまで「全員参加」にこだわるのか,ということです。「子どもたちの学力状況を把握して国としての施策に生かす」という点からすれば,悉皆調査である必要はまったくありません。そもそも,現在その「見直し」が「教育再生会議」などからも声高に叫ばれている「ゆとり教育」(とくに教科内容・授業時数削減)にしたところで,調査データをきちんとふまえて提案されたものではないわけですから,政策上の「誤り」の責めを負うべきなのが統計データの精度でないことは明白でしょう。

 とすると,文科省が参加率を上げようと躍起になる原因は,むしろ上記の第2の目的,つまり地方教委,学校レベルの問題だということになります。「全国的な状況との関係において」「自らの教育を改善する」とは要するに,学校や教委は,子どもたちの成績を全国平均と比較して,もし低ければもっとがんばれ,学校間・地域間で競争しろ,ということです。文科省は上記リーフレットで「個々の市町村名や学校名を明らかにした〔文科省・教委による一方的な〕公表は行わないなど学校間の序列化や過度な競争につながらないよう配慮」といいますが,一方では「市町村・学校は,自己の結果を保護者等へ説明することができる」というわけですから,「序列化・過度な競争につながらない配慮」が有名無実であることは明白です。

 ちなみに,「教育再生会議」第1次報告(2007年1月)では,この「新学テ」に関連して,「学校は,保護者に対し,自校の学力の状況や学習状況を開示し,改善計画とその成果を保護者に説明する」(傍点引用者)と明言しており,実質的には教委・学校に対し「成績公開」への強い圧力がかかることになります。すでに2001年ごろから,都道府県や政令指定都市単位の一部学年での悉皆調査が広く行われており,さらにその一部では,学校単位の成績公開もすでに行われてきています(和歌山県,広島県,東京都のいくつかの区など――「自主的公表」の体裁をとるものも含む)。こうした動向が全国的に広がるということは,容易に予想される帰結であり,それこそが,文科省が建前をどのように取りつくろおうと,「新学テ」の実質的な目的ということになります。

 

3 学力テストで子どもの学力は上がるのか?

 

 すでに一部学年で悉皆調査を行っている自治体では,平均通過率が年を追うごとに上昇しているというデータも数多くみられます。しかし,そのことと「学力の向上」とがイコールかどうかは疑問です。というのは,この種の「成績上昇」は,えてして直前の「試験対策」(と,ごく一部では,試験時間を守らないなどの不正)に支えられているものだからです。

 日本の子どもたちの「学力」の問題点として指摘されている「受験が終わると学習したことを忘れてしまうという,学力の『剥落性』」「なじみのない問題(たとえばPISA調査での「知識を生活に活用する」類の問題)に出会うと解答を放棄してしまう姿勢」といった要因が,試験での「点数稼ぎ」に縛られた「対策」で改善できないのは,むしろ自明ではないでしょうか。

 文科省は「新学テ」に,PISA等を意識した「知識・技能の活用に関する問題」を一定割合含めるとしています。しかしこの種の問題も,長期的には「試験対策」にくみこまれていくことになり,日常的な教育活動の改善には結びつかない可能性が大です。日本の学校においても,教科の知識・技能と生活とをむすぶ授業実践は豊富に蓄積されているのですから,文科省がなすべきことは,現場の知恵を丹念に汲み上げ,それを普及することではないでしょうか。

 

4 子どもの学習状況や生活実態を調べれば学力低下に有効な手立てが打てるのか?

 

 また,「新学テ」であわせて実施される質問紙調査(学習状況,生活実態調査)についても,多くは期待できません。20061112月に実施された予備調査をみる限り,調査項目は,すでにさんざん調査されてきていることであり,「新学テ」の「売り」は,データ数の多さという,実用上はほとんど意味のない一点のみだからです。生活リズムや朝食の有無,家庭の蔵書数や親の教育参加など「文化資本」が子どもの学力に大きく影響することはすでに実証ずみの事実です。国として行うべきことは,生活実態,文化資本などの格差を是正するための具体的な施策の提案であり,いまさら屋上屋を架すような調査をするのは税金と子ども・教職員の労力の浪費です。